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三尾山登拝


 岐阜から北を望むと、高賀の山並の左に連なる一千m級の(藪の)山並の一番左に、一際目立つ山が鎮座しています。三尾山です。
 11月30日9時半、円原川ぞいの高台にある五位神社に参拝。


養老元年(717)創建、昔、越前国大野郡藤倉の五位義門という人が、此の辺りで十二俣の角の鹿を射止め、その角を奉納したとのことであります。円原川に沿って名号碑や観音さまに掌を合わせながら上へ車を進め、三尾谷の林道に入って大きな名号碑の前で下車。猿の群れが出迎えてくれました。


念仏をお唱えし、10時前に出発。林床の処々にはうっすらと雪がありました。
 鉄塔巡視路を南へ登ってゆけば三尾山の南尾根に出ますが、展望を求めて北側の鉄塔を目指しました。登るにつれて、東側に雪化粧した三尾山の姿(冒頭写真)。11時前、美山・板取境の稜線下の鉄塔に着くと、北山と峰山・円原の奥に名古屋の高層ビルが遠望できました。稜線上の鉄塔からは北に平家岳、美濃平家岳、滝波山を遥拝。白山は雲に隠れていましたが、滝波山の右には大日ヶ岳が一際白く輝いていました。


北面して般若心経と白山権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。
 白山(御前峰)の本地は十一面観音菩薩とされ、大汝峰の阿弥陀如来、別山の聖観音菩薩と併せて「白山三所権現」として信仰されてまいったのですが、十一面観音菩薩は元々、聖観音菩薩が変化したお姿ですし、観音さまは宝冠中に阿弥陀さまの化身(化仏)を頂戴しているのですから、白山三所権現は一仏に帰する、とも申せましょう。そもそも、すべての仏・菩薩はお釈迦さまの教えを表したものであります。
 此処から三尾山へは、時計回りに尾根を登ってゆかねばなりません。眼鏡ストラップとスパッツを着け、11時45分出発。道はなく、踏み跡には雪を乗っけた笹藪が傾いでおり、一歩登る毎に笹を掻き分け、冷たい雪に濡れます。


足元は滑り体は冷え、13時にようやく三尾山の北尾根に出ました。東に高賀山が拝め、虚空蔵菩薩ご真言をお唱えしました。


 以前、三尾山に登った時は藪を漕いで登ったので、藪を覚悟していたのですが、尾根上の藪は刈られていました。日も差してきて、冷えた体を暖めながら13時半、三尾山登頂。


北の樹間に滝波山を遥拝することができました。


14時下山。南尾根も藪が刈られており、左手に高賀三山を拝みつつ急峻な尾根を下ってゆきました。


高賀山の左奥に真っ白な御嶽山が雲間に現われ、右手前には大洞が聳えていました。



 南尾根から鉄塔に下り、朝に登った鉄塔や三尾山頂を見上げました。



大白木山の右に頭を出している雪山は、能郷白山でしょう。


山腹の鉄塔巡視路を伝って一つ北の鉄塔に15時前着。このまま巡視路を下れば三尾谷の林道に戻れますが、山腹に踏み跡が続いていました。山腹を反時計回りにトラバースしてゆけば朝の鉄塔に着くはずです。まだ日暮れまでには時間があり、白山を今一度拝まん、と山腹の踏み跡へ進みました。
 踏み跡は三尾谷の最奥の谷沿いに下ってしまい、谷を渡って山腹の藪に突入。勾配も笹藪もキツく、トラバースするよりは稜線に出た方がマシです。急峻な岩を登って頑強な笹を掻き分け、稜線に出ました。朝と違って体も温まっており、稜線上の藪を一気に進んで16時に鉄塔に下ると、平家岳や大日ヶ岳の雪が夕日に染まっていました。


美濃平家岳と滝波山の間には、白山連峰の山肌がわずかながら拝めました。白山に向かって観音経を読誦しました。
 すぐ下の鉄塔からは、夕焼けの三尾山を遥拝。


南には、北山と峰山・円原の奥に百々ヶ峰と金華山のシルエット。


16時20分に下山、鉄塔巡視路を駆け下って20分で谷に降りました。17時、薄暮の中、名号碑に合掌して念仏をお唱えし、一切の衆生に回向しました。
願以此功徳 平等施一切
同発菩提心 往生安楽国
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝