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岩間山~醍醐山~大岩山巡拝

 近江と山城の境に位置する岩間山。岩間寺(正法寺)は白山を開山された泰澄大師が、元正天皇の勅命により養老6年(722)に建立しました。
 12月15日朝8時前、岩間寺のご本尊・千手観音菩薩に参拝。泰澄大師が岩間山の桂の木を彫ったと伝えられています。大悲心陀羅尼をお唱えしました。境内には大きな桂の樹が、千手観音さまの如く枝を広げていました。


奥宮神社からは湖南の景色が望めました。
 奥宮神社から東笠取へと下って再び道を登ってゆき、9時前に清瀧宮に参拝。


西笠取へ下ると此処にも清瀧宮があり、参拝しました。のどかな道をしばらく北西へ進むと宝篋印塔があり、宝篋印陀羅尼をお唱えしました。


 此処から醍醐山への山道に入り、尾根に出ると「をくのいん」への道に出ました。


奥之院へは帰りに寄ることにし、開山堂方面へ。10時に山上の上醍醐陵、開山堂着。


醍醐寺の開山は弘法大師の孫弟子、聖宝理源大師。開山堂の隣には白山大権現が祀られており、般若心経と白山権現ご宝号をお唱えしました。


 如意輪堂から下って五大堂、薬師堂と巡拝し、五年前に落雷で焼失した准胝観音堂跡にて准胝観音菩薩ご真言をお唱えしました。


現在、再建の為に寄進を募っているとのことです。上醍醐から女人堂へ、渓沿いの参道を下ってゆきました。
 下醍醐寺には帰りに参拝することにして、醍醐から深草へと向かいました。11時半に小栗栖の八幡宮に参拝し、小道を登ってゆくと「弘法大師杖の水」という霊水がありました。


弘法大師ご宝号をお唱えし、傍らの休憩所で一休み。此処から先は竹藪の間の小道を抜け、12時すぎに深草の仏国寺着。江戸時代の禅僧・桃水和尚のお墓があり、一度お参りしたかったのであります。桃水和尚は肥前島原藩主・高力隆長に招かれて寺の住持をしていたのですが、ある日突然行方をくらまし、以後、京や堅田で乞食と同態となって彼らを介護し、亡くなれば埋葬して弔ったり、大津で馬の草鞋を作って馬子に売るなどの生涯を送り、寺に戻ることはありませんでした。
 仏国寺にて桃水和尚のお墓参りに来たことを告げましたが、桃水和尚のお墓のあった処は現在工事中とのこと…。


工事は来年3月頃までかかるそうです。桃水和尚のお墓「跡」に向かって読経し、念仏をお唱えしました。仏国寺には小堀遠州のお墓もあり、掌を合わせました。
 仏国寺から来た道を戻り竹藪の小道に入ると、左に「深草トレイル 大岩山展望台」と書かれた林道が上っていました。大岩山の展望所に13時前着。西に京都の街、南西には伏見桃山城の彼方に大阪が見渡せました。


木のベンチに坐し、大阪や京都、大津での桃水和尚の庶民に混じっての行持を想いました。ふと、島原から京まで桃水和尚を探しに来た尼弟子に和尚が語った言葉が思い出されました。
「再ビ対面シタルトテ、何ノ用カアル。タダ三宝因果ヲ信ジテ、剃髪ノ本志ヲ失ワザレバ、此方ヘ常ニ対面ト、同前ノコトゾヤ。」
桃水和尚のお墓が拝めなくとも、三宝因果を信じて道心を忘れなければ、常に和尚と対面しているのと同じではないか…。仏法僧の三宝に帰依して投地礼をし、山を下りました。
 14時に醍醐寺に戻り、三宝院、金堂、五重塔、観音堂などに参拝。


女人堂から上醍醐へ登り始めたのは、14時45分でした。日暮れまでに岩間寺に戻りたいので足を速めました。15時20分に山上の開山堂と白山権現に参拝。大阪方面がよく見えました。


奥之院方面へ下る途中、石仏に掌を合わせました。


五智宝冠を被っているので大日如来かと思いましたが、胎蔵界大日如来であれば手は定印(私たちが坐禅する時と同じ印)のはず。しかし、この仏さまは指で輪っかを作っているように見えます。これは阿弥陀さまの印のようです。大日如来と阿弥陀如来が一体化したお姿…。宝冠阿弥陀如来でありましょうか。
 奥之院にもお参りしたかったので、山道を駈けって15時半に奥之院着。其処は、岩窟でした。


窟内には中央に役行者、左に不動明王、右は弘法大師でしょうか。洞内で般若心経と各尊ご真言・ご宝号をお唱えし、窟から出ました。尾根に戻って山を駈け下り、16時前に宝篋印塔から車道へ。西笠取から登って16時半に東笠取へ下ると、正面に岩間山。


17時前に奥宮神社に着いた時はすでに薄暗く、湖南の夜景の上には雲間に満月が輝いていました。


西の空には残照。薄暮の中を走って岩間寺に戻りました。本堂はすでに閉まっていました。大悲心陀羅尼と白山権現・泰澄大師ご宝号をお唱えし、真っ暗になる前に戻れたことを感謝しました。
 暗くなるまで車を駐車したままでは、お寺の方にご心配をおかけしてしまったことでしょう。出発前にひとこと言っておくとか、車に書き置きをするといった配慮が足りませんでした。桃水和尚だって、島原の寺を出る際にはちゃんと書き置きをしていました。
「今日解制 大衆送行 老僧先出 東西任情」。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝