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ブンゲン~貝月山縦走


 3月14日早朝、揖斐川に架かる久瀬橋のたもとの薬師堂に参拝し、車で県道山東本巣線を上へ。


途中、夫婦滝や貝月谷の白龍龍王大神に参拝し、坂内・品又谷のリゾートホテル跡の下に車を停めました。雪が舞い、此処から上は道も雪の下でした。
 7時すぎ出発。坂内村ふれあいの森の入口前を右へ、品又谷を見下ろしつつ車道上の分厚い雪を登ってゆきました。


8時15分、美濃・近江境の品又峠着。


峠から奥伊吹スキー場の旧リフト沿いに、国境尾根を南へ進んでゆきました。雪はほどよく締まっており、アイゼンもカンジキも付けませんでした。
 雪の中、1226m峰を経てブンゲンへ(冒頭写真)。9時半前に登頂。北西からの風が冷たく、展望はほとんどありません。時折、雪雲の晴れ間にブンゲンの南に聳える山が見え隠れしていました。



北面して観音経と白山権現ご真言・ご宝号、伊吹山ご宝号をお唱えし、雪上に頭を出していた岩上に正身端坐しました。
 ブンゲンは射能山とも呼ばれ、名の由来はウランなどの放射性元素が山中に含まれているから、とか。もしそれが事実ならば、射能山という山名はあまり古いものではないことになります(ベクレルやキュリー夫妻によって放射能の存在が発見されたのは、19世紀末)。また、それが事実ならば、射能山の放射線量も気になります。
 ブンゲンに放射性元素があろうとなかろうと、敦賀原発で事故が発生すれば此の辺りにも放射性物質が流れてくるでしょう。岐阜県の想定では、風向や天候次第で北西風に乗った放射性物質が伊吹山地を越え、揖斐川町の一部では外部被曝線量が年間100ミリシーベルト以上になる可能性があるそうです。また、伊吹山地に沿って湖北を南下した放射性物質が、関ヶ原から濃尾平野に流れ込む可能性もあります。地球の一員たる私たち人類は、私は、己の分限をしっかり弁えなければ存続してゆくことは不可能でしょう。己の愚かさ・弱さ、命のはかなさ・脆さに気づき、助け合い、苦しみ・悲しみに寄り添い、己の分限の中でできることを精一杯に果たして、一隅を照らしてゆきたいものであります。
 10時半前に下山。雪上幽かに残る己の足跡を辿り、国境尾根を北へ。旧リフト最上部から東に、貝月山がおぼろに見えました。


雪の尾根を貝月山目指して出発。目標が雪雲に現われては隠れ、何度か軌道修正して正しい尾根に付くことができました。ヤセた尾根に雪庇が乗っており、アイゼンを装着して進みました。



 12時に鞍部の日越峠着。此処からの登りは登山道があるものの、厚い雪の下。雪の尾根を直登しました。登ってゆくと雲が薄くなり、南に国見岳と虎子山、正面には貝月山頂が望めました。



振り返ると、歩いてきた尾根の奥にブンゲン。


冷たい北西風の中、12時半に貝月山に登頂しました。



ブンゲン、虎子山、国見岳と続く伊吹山地の山並が拝めましたが、南の奥の伊吹山は雲の中。伊吹山地から北へ白山まで続く両白の峰々も見えず、雪交じりの北西風が再び強まってきました。東北に向かって般若心経と念仏をお唱えし、展望台下のベンチにしばし坐しました。
 13時下山。顔の右半分に吹雪が吹き付けてきます。日越峠からは厚く雪の積もった林道を下り、坂内村ふれあいの森を通って14時半前に駐車地に戻りました。日が差していましたが、雪は朝と変わることなく、舞い続けていました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝