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野一色権現山/幻日

 5月18日午前、岐阜市野一色の白山神社に参拝。


白山を開山された泰澄大師が養老5年(721)に創建、社殿の裏山の山頂には白山大権現が祀られています。


呼吸と歩調を合わせて山道を10分程登り、白山大権現に登拝しました。


南側の眼下に白山神社の参道が見下ろせ、その先には木曽川、尾張一宮、名古屋など濃尾平野の景色が広がっていました。


山頂を橙、黄、黒、青と色とりどりの蝶が舞い、白山は北側の山の陰になって見えませんが、周り中に白山権現を祀った山々と泰澄大師ゆかりの峰々が拝めました。
 西には霊仙山と伊吹山を遥拝。


霊仙山頂には泰澄大師が盧舎那仏を祀ったと伝えられています。北西には金華山(岐阜城)と能郷白山。


泰澄大師が白山開山の翌養老2年(718)に白山権現を勧請したという能郷白山には、まだ残雪が見えました。此処、権現山から洞山、鷹巣山、金華山、西山へ、尾根がC字形に続いています。北には百々ヶ峰と高賀山。


岐阜市最高峰・百々ヶ峰頂の右のピークは、白山権現を祀った権現山です。白山はこの方角に鎮座しており、空気の乾いている今日は姿を現わしているものの、此処からは山に隠れて望むことはできません。白山連峰を源流とする長良川が滔々と流れていました。北東には御嶽山の右手前に芥見権現山を遥拝。


泰澄大師が蔵王権現を勧請したと伝えられています。この近辺には山頂や山麓に白山権現を祀った山が他に四つはあり、いずれの山からも白山が遥拝できます。三方を取り囲む白山妙理大権現と諸尊に般若心経をお唱えし、しばし正身端坐しました。
 白山の本地は、泰澄大師が白山頂翠ヶ池で感得したという十一面観音菩薩。十一面観音さまが日本人に合わせて、日本の神の姿をとって現われた仮の姿を、白山妙理大権現と申します。観音さまはあらゆる人々の苦を抜き楽を与える為、相手に応じて仏の姿、神の姿、国王、長者、政治家、バラモン、婦人、子供、竜など、ありとあらゆる姿をとって法を説く、と観音経(法華経観世音菩薩普門品)に説かれています。観音さまが白山権現として現われてもマリア様として現われても、不思議なことではありません。観音さまだけでなく、お釈迦さまにも無量無数の分身(化身)があり、各々の世界で衆生を救う為に働いておられる、と法華経に説かれています。梵網経では、盧舎那仏、即ち大日如来はお釈迦さまと二仏一体、その久遠実成の「本仏」が、お釈迦さまの千百億の「化身」に菩薩戒を説いておられます。奈良の大仏さまは盧舎那仏であります。
 岐阜県の長良川周辺には、5㎞に一社くらいは白山神社が鎮座しています。夕方、山県市にてこの「本地垂迹」の美しい譬喩に出会うことができました。夕日の右側に、「幻日」が現われていたのです。


雲の中の氷晶に屈折した太陽光が、太陽本体と水平に離れて映る現象です。太陽の本体は「本仏」、幻日は「化身」。太陽の本体は「阿弥陀如来」、幻日は、観音さまの宝冠中の「化仏」。太陽の本体は「十一面観音菩薩」、幻日は「白山妙理大権現」。太陽の本体は、日本人も韓国人も、中国人もベトナム人も、アメリカ人もロシア人も超えたもの、幻日は、日本人であり韓国人であり、中国人でありベトナム人であり、アメリカ人、ロシア人…。太陽の本体は「仏さま」、幻日は私たち「衆生」。衆生本来、仏なり。毘廬遮那は一切処に遍ず。一色一香、中道にあらざることなし。この苦しみや悲しみの絶えない娑婆世界も「幻日」のようなもの、その背後には、浄土の光明が遍く無差別に、照らしているのでありました。
 先月の隣国の旅客船沈没事故で犠牲になられた方々のご冥福を、心よりお祈り致します。このような惨事が二度と繰り返されませんように…。
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コメント

本日参拝いたしました。

はじめまして、コメントさせていただきます。
ワタシの誕生日が5/19なのですね、ご投稿されたお日にちと同じで嬉しゅうございます。本日初めて白山大権現にお参りさせて頂けました。見晴らしのよさ、雀やカラス・うぐいすの鳴き声、揚羽蝶に見守られ道中楽しく感謝しながら登らせて頂けました。

素晴らしいお写真を拝見いたしました、心が和みます、ありがとうございます。

突然失礼いたしました。

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白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝