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京塚山登拝

 6月1日朝8時半、郡上八幡の高雄神社に参拝。


東に聳える京塚山の手前の高雄山には、かつて高雄薬師堂があったとのことです。薬師如来ご真言をお唱えし、山へと歩き始めました。


「高雄山東登り口」の獣よけの扉から入山。「東登り口」は山の西にあり、東へ登る道という意味のようです。急峻な尾根を登って9時に稜線に出ましたが、登山道より上の踏み跡を登っていたようで、高雄山より上の稜線に出ました。展望台からは北に、吉田川と明宝の奥に烏帽子岳と山中山を遥拝。


白山を開山された泰澄大師が烏帽子岳で修行中、不動明王が示現したと伝えられています。不動明王ご真言をお唱えして京塚山へ急な尾根を登ってゆくと、南に吉田川と八幡の街の彼方に高賀山、西の眼下には高雄神社が望めました。


高賀山本地・虚空蔵菩薩ご真言をお唱えし、さらに急登。9時半前に京塚山に登頂しました。
 山頂には古い石碑が建っていますが、字は磨り減って判読できません。おそらく、「京塚山」は「経塚山」でありましょう。法華経如来寿量品偈と薬師如来ご真言をお唱えしました。


尾根はさらに北に続いており、10分弱で854mピークに着くとオオルリに出会えました。周囲は樹が茂って日射しは防げるものの、白山方面の展望が得られません…。展望を求めてさらに北へ縦走。854mピークから少し下った処で枯木に上ると、別山と三ノ峰を拝むことができました。


心経と別山本地・聖観音菩薩、および虚空蔵菩薩ご真言をお唱えしました。展望を求めてさらに縦走。標高1000mを越えましたが、相変わらず樹が多く、10時すぎに引き返しました。途中、樹に上って別山・三ノ峰を遥拝。


樹間に別山の雪を見つつ緑蔭樹下に正身端坐しました。白山もそよ風も、鳥の声も草木も、ハエもアリも、下界の車やバイクの音も、空をよぎるヘリの音も、すべては互いに、あるがままにありました。
 40分程坐し、下山。11時半に京塚山頂に戻り、北西に少し下って樹に上ると、別山の右、母袋烏帽子岳の稜線に沿って白山頂御前峰を拝むことができました。


白山三所権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。山頂南からは、高賀の山並を遥拝。


復路は南へ尾根を下り、正午に高雄山頂・高雄薬師に参拝しました。


 明るく静かな境内に坐していると、ズボンの上にお客様が来ていました。


この平べったい客人は、かつて荒島岳で喰いつかれたことがあるので覚えています。その名は、マダニ。マダニが吸血する際、SFTSウイルスに感染して死に至ることがありますが、マダニ自身は生きる為に血を吸っているのであって、決して故意にウイルスを媒介しているわけではありません。SFTSという病の原因はウイルスであり、マダニは媒体、吸血行為という縁によって初めて、感染の可能性が現われます。マダニがいても喰いつかれなければ感染はしません。私は藪が好きなので夏でも長袖・長ズボンで山に入ることが多いのですが、マダニと肌が接触しにくい格好で山に入ることの大切さを、ズボンの上に示現したマダニとのご縁を通じて改めて学びました。
 お釈迦さまは、苦を滅する為の道として「八正道」を説かれました。正しく見る、正しく思惟する、正しく語る、正しく行う、正しく生活する、正しく努力精進する、正しく憶念する(気づいている)、正しく禅定を修する。それはまた、お薬師さまの薬壺の中身、処方箋に他なりません。薬師如来に投地礼をし、12時半に下山。里に下り、水田の彼方に歩いてきた峰々を望みつつ、高雄神社に戻りました。


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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝