FC2ブログ

記事一覧

白水の滝~高賀山登拝

 6月24日早朝、アジサイが満開の板取・白谷の白谷観音に参拝。


白山を開山された泰澄大師が祀ったという十一面観音さまに般若心経をお唱えしました。白谷から板取川を少し遡って白水の滝入口に駐車し、5時出発。吊り橋を渡って白水の滝の大日大聖不動明王に参拝しました。


白水の滝の手前から藪を登って滝の上流へ。渓の左岸の大きな岩の間を東へ登ってゆくと、渓の本流は北に向かっていました。目指すタカネは東にあるので、涸れ沢を東へ急登。6時に尾根上に出ました。此処からは、膝丈くらいの笹の間に獣道。やがて大きな岩の間を縫って登り、岩上よりタカネ山頂を仰ぎました。


笹の下にはギンリョウソウ。7時にタカネ登頂、小バエが頭にたかってきます。十一面観音菩薩ご真言をお唱えしました。
 タカネから高賀山との鞍部に下ると、コアジサイが咲いていました。高賀山への笹藪は腰丈くらい。8時すぎに山頂手前の巨岩に上り、高賀山本地・虚空蔵菩薩ご真言をお唱えして南を向いて坐しました。眼下の谷から涼しい霧が立ち昇ってきます。山を下った渓の水が、霧となって空へと帰ってゆきます。


坐していると、やがて霧が晴れてきました。


空へ昇った霧は、やがてまた、地に戻ってくることでしょう。


 坐を立ち、高賀山頂へ登ってゆくと、笹の下にギンリョウソウが立ち並んでいました。


10分程で高賀山登頂。雲が多く、美濃平家岳と滝波山も雲を被っていました。誰もいない登山道を歩いて瓢ヶ岳を遥拝し、御坂峠へ。


9時すぎ、峯稚児神社に参拝しました。


平安時代、都の稚児をさらって、この岩上で干して食べていたという妖怪「さるとらへび」を、藤原高光が虚空蔵菩薩のご加護により討ち取った、と伝えられています。岩上で法要を修し、正身端坐しました。ひんやりとしたそよ風、森には鳥のさえずりとヒグラシの声。
 藤原高光は右大臣藤原師輔の子ですが、父の死後、比叡山横川にて出家し、その後、大和の多武峰に移って比叡山の増賀上人を招き、増賀を師として修行された方です。増賀上人は名利を非常に厭い、伊勢神宮参拝後、着ていたものをすべて乞食に与えて叡山に戻ったり、師の慈恵大師が大僧正となった際の参内の行列に、ヤセ牛に跨がって鮭を腰に差して参列したりなされた高僧です。高賀山の藤原高光の話は伝説でありましょうが、この話には、史実かどうかよりももっと大切なことが含まれていると思います。猿の頭、虎の胴、蛇の尾を持つ「さるとらへび」とは、一体何でしょう?貪り・怒り・愚痴、即ち、苦しみの原因となる煩悩を表わしていると観ることができます。では、虚空蔵菩薩のご加護とは、何でしょう?「虚空蔵菩薩の所現の相は一切皆空なるがごとく…」(「摩訶止観」)。一切は空、無常であり、因縁によって生じ因縁によって滅する、ということを、深く見つめることではないでしょうか。己れの内に生じる「さるとらへび」を、戒をたもち、禅定を深く修し、智慧の眼で一切を観ることによって、滅してゆきたいものであります。
 一時間後に坐を立ち高賀山頂へ戻ると、滝波山、美濃平家岳や能郷白山が姿を現わしていました。


大岩の上からは西にタカネと能郷白山を遥拝。


タカネとの鞍部へ下ってゆくと、隣の尾根に巨岩がたくさんありました。


コアジサイを見つつ下り、タカネへ。


正午前にタカネに戻り、下りの尾根の途中、岩上より今淵ヶ岳を遥拝。


尾根から涸れ谷へ下ってゆくと、岩の下から清水が湧いていました。


空のペットボトルに苔清水を入れ、のどを潤しました。冷たく、とてもおいしい水でした。水の恵みの有難さ。虚空蔵菩薩ご真言をお唱えしました。
 谷を下り、北からの豊かな流れと合流。


清々しい渓流に坐すと、私と同じように坐している先客がいました。


カエルです。しばし、カエルと一緒に坐しました。水は山を下り、天に戻るばかりではありませんでした。水は私の一部ともなり、カエルの一部ともなり、小バエの一部ともなるのでした。水の本質は「空」、不生不滅、不垢不浄、不増不減です。
 14時に渓を下り、白水の滝にお参りして板取川に戻りました。


すぐ近くの一里保木のアジサイ園は、鮮やかなブルー一色でした。


関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝