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横谷峡~御前ヶ岳登拝

 8月1日朝、郡上・和良から金山・祖師野に入ると、大きなトチの樹がありました。


祖師野という地名は、白山を開山された泰澄大師が名付けたそうです。祖師野から馬瀬川沿いに国道を下り、下沓部の地蔵堂に参拝。「金山町史」によると、泰澄大師は下沓部に左近院という草庵を結び、白山三神の像を彫って祀ったとのことです。さらに下って横谷川出合の白山神社へ。


三神の像は後に此処に移ったようです。車を停め、白山神社にて白山三所権現ご宝号をお唱えして横谷峡の林道を歩き始めました。


白滝、二見滝、紅葉滝と上ってゆき、10時に鶏鳴滝着。伝説によれば、寛治7年(1093)頃、白河天皇の皇女・郁芳門院の元に安置されていた「黄金鶏」の行方を探して比叡山から此処まで来た「黄金姫」は、黄金鶏が「清流権現」となって滝壺に消えるのを見たとのこと。


滝前で般若心経をお唱えしました。
 鶏鳴滝からさらに林道を上ると橋があり、横谷峡の右岸に未舗装の林道が続いていました。林道を上流(西)へ進んでゆくと前方で道路の大規模な工事が行われており、通行止になっていました。林道に戻って南の急峻な谷筋に取り付きました。


尾根に出ると一応踏み跡はあり、南へと登ってゆきました。林道を横切ってさらに尾根を南上。南西に上る林道を辿って11時半前に林道終点着。西に続く石段を上った処が御前ヶ岳山頂でした。


山頂には「御前嶽權現」と「御嶽神社」と記された明治32年の石碑。御前ヶ岳は鶏鳴滝、横谷峡の源流。御前嶽権現とは清流権現のことでしょうか?白山頂は「御前峰」であり、この周辺に泰澄大師の伝承が多いことからすれば、御前嶽権現とは白山権現ではないか?とも思われます。二つの石碑は、御嶽山側ではなく白山側(北西)を背に建っています。ご宝前にて観音経をお唱えしました。西には高賀の山並が拝め、山頂付近をモンキアゲハが舞っていました。



 正午に下山。来た道を戻って尾根を北へと下ってゆきました。が、一つ西の尾根を下ってしまい、川の右岸の叢を辿って林道へ。川の対岸は道路工事現場でした。横谷峡に沿って下ってゆくと、ふと、御前ヶ岳頂部の谷々が横谷川となり、横谷川が馬瀬川に流れ込むのと同様、御前嶽権現が清流権現となり、さらに白山権現となってもおかしくはないことに気づきました。馬瀬川はさらに飛騨川に、飛騨川は木曽川に流入し、最後は名を捨てて大海に帰します。白山権現は何処に帰するのでしょうか?白山権現の本地は十一面観音菩薩、諸仏諸尊の帰する処は久遠実成の本仏であり、お釈迦さまの教えでありましょう。
 13時前、鶏鳴滝に戻って涼しい滝前に坐しました。


滝壺を魚たちが遊泳していました。


紅葉滝から川沿いの遊歩道を下り、小橋を渡って尾根を越え、善心谷林道へ。林道の傍らには薬師如来がおられました。


林道を下って14時前に横谷川出合の白山神社に戻りました。
 下山後、白川町の大山白山神社に参拝。


下沓部に三神を祀った泰澄大師は、御前ヶ岳南麓の祖父利にも白山妙理大権現を祀り、その南の七宗・水晶山に勧請したとのことです。さらに、水晶山の白山権現は此処、白川町の大山に移ったと伝えられています。大山白山の山腹には白川茶の茶畑がたくさんありますが、白川茶も泰澄大師によって伝えられたといわれています。
 かつて、大山白山権現本堂には白山本地・十一面観音菩薩が祀られていましたが、明治の神仏分離によって本地仏は下山させられ、今は麓のお堂におられるそうです。かつての本堂は拝殿に使われています。先月参拝した多武峰談山神社も、明治の神仏分離によって妙楽寺が廃され、十三重塔や講堂、常行堂などの寺院建築が神社として使われていましたが、その光景は、かつてのイスラム建築がそのままキリスト教徒に使われているスペイン南部のアルハンブラ宮殿などを彷彿させます。
 拝殿から山頂の奥之院へ登ってゆく途中、大杉に掌を合わせて山頂へ。


奥之院の後ろからは白山方面が望めますが、今日は白山はよく見えませんでした。北に川上岳や位山を遥拝。


白山の方を向いて正身端坐しました。


明治の神仏分離によって、日本の山々に祀られていた多くの仏像が下山させられ、あるいは破壊されました。山は本来、山であって、神でも仏でもありません。それは隆起や褶曲、火山の噴火などによって生じ、風化や浸食、採掘などによって滅しつつあります。ただ、その壮麗さ(時間的にも空間的にも)は、人間をはるかに超えたものを感じさせます。その意味で、山は神をも仏をも照らすといえるでしょう。
 山は神でも仏でもなく、また、神でも仏でもあるのです。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝