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両界山横蔵寺~妙法ヶ岳登拝

 27日朝6時、揖斐川町の古刹、両界山横蔵寺に参拝。


伝教大師(最澄)開山、かつては標高500m近い山中にありましたが、江戸時代に山麓の現在地に移りました。ご本尊の薬師如来と観音堂の十一面観音菩薩にお参りし、飛鳥川を渡って日吉山王社に掌を合わせ、登山道を登ってゆくと、鹿が走り去ってゆきました。今年の8月は不安定な天候続きですが、山には秋の気配が感じられます。
 40分程で仁王門跡着。


この先で道は左右に分かれますが、左へ進んで稚児ヶ岩へ。岩に上って地蔵菩薩ご真言をお唱えしました。


稚児ヶ岩の上のピークから北に下り、熊谷直実のお墓にて念仏をお唱えしました。


一ノ谷の合戦で若き平敦盛を討ち取った熊谷直実が、法然上人の弟子となって出家したことはよく知られていますが、諸国行脚の後、横蔵寺で亡くなったと伝えられているそうです。ミサイルや空爆で大量の命が瞬時に奪われてしまう現代、命の尊さとはかなさを、私たちはゆめゆめ忘れてはならないでしょう。
 熊谷直実のお墓から本堂跡へ向かいましたが、北への道に寄り道。道から南の急斜面に取り付き、本堂跡の裏の尾根に登りました。尾根上には岩が並んでいました。


この小尾根のすぐ南麓に、伝教大師は横蔵寺を開山されたのでした。尾根を下って横蔵寺跡に参拝。


伝教大師作の本尊・薬師如来像は、比叡山延暦寺が織田信長に焼き討ちされて後、復興に際して延暦寺根本中堂のご本尊として転座された、と伝えられています。般若心経、薬師如来ご真言、伝教大師ご宝号をお唱えしました。
 本堂跡から登山道を進み、シャクナゲ平から登山道を離れ、薄い藪を登って562mピークへ。山頂には白山権現堂が鎮座していました。


白洲正子さんの「十一面観音巡礼」に載っている横蔵寺古絵図に、本堂・拝殿の上の山頂に「白山」と書かれてあるのは、此処のことでありましょう。麓の横蔵寺からは北東、即ち鬼門に当たり、本堂が麓に移った今でも白山妙理大権現が大切に祀られているのが分かります。ご宝前にて観音経、白山権現ご真言・ご宝号をお唱えし、30分程坐しました。
 8時15分に坐を立ち、登山道に戻って工事中の林道を横切り、尾根を南へ。8時半に607m三角点通過、アップダウンを繰り返す尾根から東に妙法ヶ岳を遥拝。


9時半前、妙法ヶ岳に登頂しました。


妙法蓮華経如来寿量品偈を読誦して正身端坐。上空には白雲の間にパッチ状の青空、日が照ると蒸しますが翳ると涼しく、灰色の雲も増えてきました。


誰もいない山上で10時まで坐しました。
 来た道を戻り、妙法ヶ岳の西隣のピークから北西に、小津権現山と花房山を遥拝。


その手前には607m三角点のピーク。小津権現山に向かって白山権現ご宝号をお唱えしました。11時前に607m三角点へ戻り、登山道でなく南西の尾根の踏み跡を下って林道に降りようとしましたが、切り立った崖を降りるのに一苦労。


林道に降りてしばらく北へ歩き、西側の谷の藪に突入しました。


一応、獣道のようなモノはあり、やがてそれは明らかな踏み跡になりました。
 11時半、渓流に出ました。水を浴び、渇いたのどを潤しました。


道は少し藪化していますが、谷を渡る木橋と、谷筋へ下る道とに分かれていました。橋を渡って山腹の道を進んでゆくと、前方の樹間に白い斜面が。???。樹林を抜けた処に現われた光景に、心はまっ白になりました。無数の白っぽい石が、斜面を上から下まで埋め尽くしていたのです。


登山道の案内図にあった「岩の氷河」とは、此処のことのようです。「岩の氷河」は北から流れており、地形図で確かめると、その延長線上には白山権現堂のある562mピークがありました。ふと思い立ち、「岩の氷河」を北へ、只管登り始めました。「岩の氷河」の上の薄い藪を登ってゆくと、上部には岩壁が累々と続いていました。


この岩壁が崩落して「岩の氷河」となるのでしょうか。絶壁を左に迂回しつつ急登してゆくと、ピークはやはり、白山権現堂でした。白山妙理大権現のお導きに感謝し、投地礼。まっ白な「岩の氷河」の源の山に鎮座する、白山妙理大権現。まっ白な心、それは素朴な心、素直な心。12時半に下山しました。
 下りは、南の岩尾根を下ってみました。


巨岩の間を縫って樹に掴まり、ブラ下がり、少しずつ降りてみましたが、絶壁続きで、ロープなしで下ることなど不可能です(このような秘境があるとは知らず、ロープは用意してきませんでした)。下ってみては上り直し、なんとか無事に絶壁の下へ。白山権現堂から50分近くかかってようやく「岩の氷河」に下り、無量無数の「無我のかけら」の中に坐しました。


頭上の樹ではツクツクボウシが鳴き、下の方からは渓の響き。正面には妙法ヶ岳に続く尾根。


まっ白な心とは、「空」であるばかりでなく、無量無数でありました。白い石たちに掌を合わせて下山しました。
 木橋を渡って清流沿いに下ってゆくと、崩れた橋がありました。


沢筋の少々荒れた踏み跡を下って堰を越えると、14時、未舗装の林道が現われました。15時前に横蔵寺に下り、観音堂にて般若心経、十一面観音菩薩ご真言、白山権現ご宝号をお唱えしました。車に入ってズボンの裾をまくると、でっぷりと膨らんだヒル君が、左足から二匹、右足から四匹…。下りの沢で喰らいついてきたようです。ズボンは泥まみれ、靴下は血まみれ。しかし、これも白山権現が与えて下さった試練と思えば、苦になりません。ズボン下をはかずに沢を歩けば、ヒルの大漁も夢ではありません。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝