FC2ブログ

記事一覧

パキスタンの少女

 7世紀に中国からインドへ巡礼した玄奘三蔵法師の「大唐西域記」に、烏仗那(ウッディヤーナ)国についての記述があります。
…かつてはスワート河をはさんで千四百もの伽藍が建ち、一万八千の僧がいたが、次第に減った。みな大乗仏教を学び、禅定を修している。…スワート河の源にはかつて悪龍が居り、たびたび水害を起こしていたが、お釈迦さまが悪龍を教化し、人々を苦しめるのをやめさせた…。
 この地、即ち現在のパキスタン北西部スワート地方に17年前に生まれた少女が、今年のノーベル平和賞を受賞することになりました。マララ・ユスフザイさん、おめでとうございます!彼女はもちろんイスラム教徒ですが、自分を銃撃したタリバン兵をも憎まない慈悲の心を、ムハンマドだけでなくイエス・キリストと釈尊からも学んだ、と述べていました。タリバンや過激派の子供たちも含め、すべての子供と女性が教育を受けられるよう呼びかけています。銃弾にも屈しない彼女の勇気を讃えます。私たちは保身の為、臆病の為に、誰かが苦しんでいるのを目にしても「見て見ぬふり」をすることがありがちです。彼女のように目を見開き、手を差し伸べる勇気を持ちたいものです。
 「大唐西域記」によれば、烏仗那国の南に建駄羅(ガンダーラ)国があります。都はペシャワール。2世紀にカニシカ王がクシャン朝の都をおいた、ガンダーラ仏教文化の中心地です。建駄羅国の西には那掲羅曷(ナガラハル)国。現在のアフガニスタン東部・ジャララバード周辺です。建駄羅国の東にはタクシャシラ国。現在のタキシラです。
 白山を開山された泰澄大師が写したとされる「根本説一切有部毘奈耶雑事 巻第二十一」に、この得叉尸羅(タクシャシラ)国の醫羅鉢(いらばつ)龍王の話があります。醫羅鉢龍王は釈尊の前の過去七仏・迦葉波仏の時代に、僧として醫羅樹の下で坐禅・経行を修していたのですが、ある時、坐を立ち経行をしようとした際に額に醫羅樹が当たったことに腹を立て、樹を折って投げ捨ててしまいました。その報いとして、死後に七頭の龍に生まれ変わったのでした。七つの頭には醫羅樹が生え、膿や血が絶えず流れて蝿や蛆にたかられています。「私はいつ、この龍身を免れることができるのでしょうか」と問う龍王に、お釈迦さまは「未来に弥勒仏が下生する時、汝は龍身を免れるであろう」とお答えになっています。そして、黒業は黒報を受け、白業は白報を受け、雑業は雑報を受ける。それ故、黒雑の業を捨てて純白の業を修しなさい、と説いておられます。悪い行いは悪い報いを受け、善い行いは善い報いを受けるのです。今行っている悪事をやめ、まだ行っていない悪事を遮し、今行っている善行を増長し、まだ行っていない善行を実現する。それが仏さまの教えであります。
 タキシラの七頭の龍王は、白山頂・翠ヶ池にて泰澄大師の前に現われた九頭竜王を彷彿とさせます。大師がさらに念じていると、翠ヶ池に白山本地・十一面観音菩薩が示現されたのでした。


弥勒仏によってタキシラの龍王が悪業の報いを免れるように、十一面観音さまによって、九頭竜王は悪業の報いを免れるのでしょう。毒龍とは、私たちの貪り・怒り・愚かさであり、無知・偏見・差別であり、固執・不寛容・臆病さであります。
 仏教でもキリスト教でもイスラム教でも、殺生は本来、悪業のはずです。マララさんは、パキスタン、アフガニスタンそして世界各地で、戦争やテロによって子供たちが教育を受ける権利を奪われている現実に、「戦争はもうたくさんです」と述べています。黒雑の悪業を捨て、純白の業を修してまいりたいものです。

怨みを以て怨みに報ぜば、怨み止まず。
徳を以て怨みに報ぜば、怨み即ち尽く。
(伝教大師)


関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝