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越知山より白山遥拝

10日早朝、近江より越前に入り、杉津PAから海を遥拝。



敦賀半島の上に月が輝いていました。霧の中、鯖江で高速を降り、越前町の八坂神社に参拝しました。



十一面女神が祀られており、少年の頃の泰澄大師が歩いたという道が、此処から越知山まで続いているそうです。

8時に小川の登山口に駐車し、行者道を歩き始めました。昨日の雨で山道はぬかるんでおり、落ちていた樹の枝を杖突きつつ登ってゆくと、涼しい北風に樹々が色づいていました。



首や手のないお地蔵さまに合掌。



泰澄大師の頃から一千年以上にわたって共生してきた神と仏を明治政府は分離させ、「廃仏棄釈」が起きました。どの国でもどの宗教でも、極端な見解に毒された人間のやることは今も昔も同じです。樹間に、白山のお姿を拝みました。




独鈷水で喉を潤しブナ林を登ってゆくと、越知山頂が見えてきました。



越知神社の前に出、越知山大権現に参拝。



養老2年(718)、泰澄大師が越知山三所権現として十一面観音菩薩・聖観音菩薩・阿弥陀如来を祀った処です。泰澄大師が白山頂翠ヶ池に十一面観音菩薩、別山に聖観音菩薩、大汝峰に阿弥陀如来を感得したのは、その前年でありました。社殿には「越知山大権現」の額。観音経と白山三所権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。

神社の南側には別山社。出羽出身の船頭で、泰澄大師の弟子となった浄定行者が勧請したとのことです。さらに南へ進み、10時に展望台着。白山を遥拝しました。



山頂御前峰には雪が見えます。展望台から護摩堂に下り、神主さんにご挨拶。大師堂、千体地蔵、神宝庫の観音さまを巡拝して奥之院へ。





奥之院の本地仏は阿弥陀如来、白山の大汝峰に当たります。念仏をお唱えし、御嶽山で犠牲になられた方々に回向しました。すぐ下にある、泰澄大師のお弟子・臥行者の行場にて白山を遥拝し、正身端坐。



白山は北から大汝峰・御前峰・別山と並んでいますが、それに対応するかのように、越知山でも北から奥之院、本社、別山と並んでいます。あたかも、白山を鏡に映したかの如くです。
「宝鏡にのぞんで、形影相い観るがごとし、汝これ渠にあらず、かれ正に是なんじ」(「宝鏡三昧」)。
かつて、白山・転法輪の窟より、黄昏の雲に映った白山の影が正面の乗鞍岳と同じ姿となるのを拝んだことがありますが、白山の光明は、西も東も北も南も、十方世界を遍く照らしているのでありました。




一時間程して下山。行者道を下って一時間弱で登山口に戻りました。下山後、越知山大谷寺に参拝し、和尚さまからいろいろとご教示いただきました。



泰澄大師が最初に(11才の時)開いた「越知山」は此処で、お寺の後ろの山上に本地堂・別山・奥之院があるそうです。また、此処は泰澄大師の御廟所でもあります。先程登拝した越知山は「西の越知山」で、白山や日野山と共に、大師が後に開いた山です。白山を世界遺産に、という動きがあるそうですが、神と仏を分離した遺物よりも、和尚さまのように泰澄大師の道心を今に伝え、実践することこそ、尊い宝でありましょう。「国宝とは何ものぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝となす。」(伝教大師)

泰澄大師御廟所にお参りした後、福井の歴史博物館に向かい、「白山曼荼羅」展を拝観。大谷寺の越知山三所権現さまや、八坂神社の十一面女神さまを拝むことができました。大谷寺の和尚さまは、白山三所権現は十一面観音菩薩(御前峰)、聖観音菩薩(別山)、阿弥陀如来(大汝峰)の順が正しいのだが、学者はなぜか十一面観音菩薩・阿弥陀如来・聖観音菩薩の順に書いている、とおっしゃっていました。たしかに、白山三所権現の並びは越前・加賀・美濃を問わず、仏像でも曼荼羅でも社殿でも、中央の十一面観音菩薩(御前峰)から見て左側に聖観音菩薩(別山)、右側に阿弥陀如来(大汝峰)が祀られています。釈迦三尊でも阿弥陀三尊でも、ご本尊の脇侍は先ずご本尊から見て左に、次に右に祀られるものです。白山をこの並びで遥拝できるのは越知山をはじめとする越前側からであり、能郷白山や伊吹山からも同様です。この場合は和尚さまのおっしゃる通り、御前峰・別山・大汝峰の順に拝むのが正しいでしょう。「泰澄和尚伝記」にも、泰澄大師がこの順に登拝されたことが記されています。しかし、飛騨側から拝む白山は越前側とは左右が逆であり、その場合は十一面観音菩薩・阿弥陀如来・聖観音菩薩の順で拝むことも許されましょう。私のねぐらの辺りから北に拝む白山は、西から別山・大汝峰・御前峰と並び、阿弥陀如来・十一面観音菩薩・聖観音菩薩の順で拝むことも許されましょうか。越前・加賀・飛騨・美濃…白山は何処から拝んでも美しく、尊い山です。何処から拝んでも、白山は、妙理は一つです。

山から仏像が下山させられて久しい白山ですが、泰澄大師がお伝えになった道心は不滅です。白山は如何なる神をも仏をも遮し、如何なる神をも仏をも照らしています。白山の神仏の図像を鑑賞するだけではなく、その心を、光明を映し、一隅を照らして、世の中を照らしてまいりたいものです。


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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝