FC2ブログ

記事一覧

高賀山登拝

 21日朝8時、高賀神社に参拝。


神社から先の道は雪に覆われ、すぐに愛用の自作かんじきを履きました。今期の初かんじきです。


登山道は雪の下、渓沿いに上る登山道ではなく、高賀神社の背後の尾根の山道を登ってゆきました。途中の鉄塔より高賀山とタカネを遥拝。


一時間程で東屋に着き、林道を横切って眼鏡ストラップを装着、雪の尾根をさらに直登しました。


10時すぎに904m地点通過、風は冷たくなり、此処から上に続く巨岩を迂回しつつ登ってゆきました。


 11時前、峯稚児神社着。平安時代、京の都の稚児を誘拐しては高賀山で干して食べていたという「さるとらへび」を、藤原高光が虚空蔵菩薩のご加護により退治して建立しました。


「さるとらへび」とは、苦しみの原因である貪り・怒り・無明、つまり煩悩のことでありましょう。「虚空」とは般若、仏さまの智慧のことです。ご宝前にて般若心経、虚空蔵菩薩ご真言と念仏をお唱えし、ペシャワールの学校襲撃テロで亡くなった132人の生徒たちに、また、わが子も含めすべての夭折した子供たちに回向しました。「さるとらへび」を、子供に災いをなすモノとするならば、テロもウイルス・細菌感染症の流行も、地球温暖化による気候の不安定化も、現代の「さるとらへび」と言えるかもしれません。子供をけっして殺してはならない、殺させてはならない、そして、子供を失った傷みは敵味方なく分かち合わねばならない、そう信じます。
 峯稚児神社の後方に高賀山頂を遥拝。


30分程して出発し、御坂峠に下って高賀山頂へ登ってゆきました。雪上には獣の足跡。


山頂部は小雪が舞い、さすがに空気が冷たいです。北東に雪の郡上八幡を見下ろしつつ、正午すぎに登頂しました。



北には蕪山の向こうに、雪雲に見え隠れする滝波山。白山は雪雲の彼方です。


南には金華山の向こうに、木曽川や長良川、伊勢湾が光っていました。


この山頂に積もっている雪も、板取川・長良川を流れ下って大海に帰することでしょう。北面して観音経と白山権現ご真言・ご宝号をお唱えし、30分程して下山しました。
 御坂峠へ戻る途中、南東に瓢ヶ岳と今淵ヶ岳を遥拝。


藤原高光は瓢ヶ岳で「さるとらへび」を討ち取った、と伝えられています。御坂峠から往路の尾根に戻り、自分のかんじきの足跡を辿って下りました。南西に伊吹山がお姿を現わしていました。


湿った積雪はけっこう重く、14時に東屋で足を休め、正身端坐しました。
 伝教大師(最澄上人)のご遺戒に、「怨みを以て怨みに報ぜば 怨み止まず、徳を以て怨みに報ぜば 怨み即ち尽く。長夜夢裏の事を恨む莫れ 法性真如の境を信ず可し。」とあります。「老子」にも「怨みに報いるに徳を以てす」とありますが、伝教大師が老子のような「無為自然」の処世術をのみ説いているのでないことは、「法性真如の境を信ず可し」の語からも明らかです。テロと空爆の連鎖、このような怨みと苦しみ・悲しみの連鎖を滅するには、どうしたらよいのか…
 仏さまは、「涅槃経」で三つの徳を教えておられます。天台智者大師も私たちの「帰する処」と説くその三徳とは、法身・般若・解脱です。伝教大師の「徳を以て怨みに報ぜば 怨み即ち尽く」の「徳」は、法身・般若・解脱の徳と見ることもできるのではないでしょうか。即ち、「解脱」の徳によって、お互いの見解への固執を遮断し、「般若」(智慧)の徳によって、お互いを平等に照らし、「法身」(法性真如)の徳によって、お互いがあるべきようにあるようにしてゆく、そこに苦の滅があり、涅槃がある、と…
 30分程して坐を立ち、雪の山道を下ってゆきました。微力ながらも、己の内なる「さるとらへび」、苦しみの原因である無明を照らし遮断し、世界中にはびこる「さるとらへび」、世界の苦しみとその原因に目をつぶらぬよう、精進して参りたいものです。


 15時すぎに高賀神社に戻り、参拝して円空記念館へ。円空上人が彫った十一面観音さまや虚空蔵菩薩さまの慈悲を湛えた微笑みに、平和への想いを新たにしました。
関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝