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長良川散策

 今日は予報がはずれて朝から好天、私のねぐらからも白山の白い頂きが見えていました。裏山に登り、白山三所権現を遥拝しつつ坐しました。


 1日に、イスラムを名乗るテロ組織によって二人目の日本人の命が奪われました。無慈悲な悪業は自他の苦しみを増大させるだけであり、彼らの悪願が成就することはないでしょう。悪業の根には彼らの煩悩が見てとれます。欲望、憎しみ、偏見、虚栄、猜疑…。狼の怖れによって脂を減らし肉を増やす羊の如く、テロに屈することなく、煩悩と悪業の脂を落とし、智慧と慈悲の肉を鍛え上げてゆきたいものです。
 まっ白な白山は、如何なる神をも遮し、如何なる神をも照らしていました。白山は如何なる神でもなく、また、如何なる神を其処に見ることもできます。正午すぎ、雲に隠れた白山に向かって般若心経を読誦し、十一面観音菩薩・聖観音菩薩・阿弥陀如来の白山三所権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。


一つの見方だけに固執することなく、観自在菩薩(観音菩薩)の如く物事を自在に観れるようでありたいものです。
 山を下って長良川へ。途中、工事中で交互通行になっている車道があり、いつもは車が止められてウンザリすることもあるのですが、歩行者にとっては別になんともありませんでした。むしろ、道がきれいになるのは有難いものです。自分が今まで運転者の視点のみに執われていたことに気付かされました。
 川沿いに祀られている、白山禅頂より勧請されたという水神さまにお参りし、長良川に降りると、白山連峰を源とする長良川のさざ波には無数の光明が照り映えていました。


それは、白山禅頂の体験を思い起こさせてくれました。波に煌めく無数の光明。一つの太陽が波の数だけ明滅しています。太陽は本来一つだからといって、他の光に石を投げれば、新たな波が生じて光もますます増えるばかりです。波が鎮まれば、映る光は本より一つ。正しく、自在に観ようとするならば、先ず、自分が止まらねばなりません。殺人鬼アングリマーラをお釈迦さまが教え導いたように。「私は止まっている。止まっていないのはあなたの方だ。」
 長良川の彼方には、能郷白山が白く横たわっていました。


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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝