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白山中居神社より銚子ヶ峰登拝・後

 正午すぎ、虚空蔵菩薩ご真言をお唱えして銚子ヶ峰へと出発。別山方面は標高二千mから上は雲の中。


別山に向かって般若心経をお唱えしました。冷たい西風の中、母御石山へ。母御石は雪に埋もれて見えませんでした。


母御石山から只々まっ白な世界を銚子ヶ峰へ。


13時半前、銚子ヶ峰に登頂しました。北には一ノ峰、二ノ峰、さらに三ノ峰、別山へと続く美濃禅定道。


西には願教寺山、よも太郎山、日岸山。


さらに南西へ野伏ヶ岳、小白山へと続く山並。


雲の中の別山に向かって観音経を読誦しました。
 母御石山に戻って南に石徹白を一望。倉谷出合から登ってきた禅定道の尾根が見てとれます。


東には丸山と芦倉山を拝みました。


神鳩へ下ってゆく途中、銚子ヶ峰の奥に一ノ峰、二ノ峰がわずかに拝めました。


15時頃、避難小屋に二階からもぐり込みました。雪が積もると扉が開かなくなる恐れがありましたが、夜は雪や風の音もなく、静寂の中、時折上空を飛行機が飛んでゆきました。雪が固まっていればもっと上まで登っていたでしょうが、深い雪や「おむすびころりん」に足止めされたのは、神鳩小屋の雪かきをせよ、との白山権現の思し召しであったのでしょう。登拝させていただいたことを感謝しました。神鳩小屋は昨年からトイレが使用禁止になったようで、夜中に持参の携帯トイレに小便をしました。
 翌7日6時半に小屋から外に出ました。昨日と同じような天気で、雪も固まっていません。夜中に新雪も風もなかったのは有難いことです。かんじきを履き、丸山方面からの尾根との合流点まで登って別山に掌を合わせました。別山は雲に隠れていましたが、南白山の山かげがうっすらと拝めました。


投地礼をし、粉雪が時々舞う中をいざ石徹白へと下山。


7時半、おたけり坂の上から倉谷の尾根を見下ろしました。


8時半前、大杉に参拝。


この豪雪地帯で千八百年も生き永らえているという古木。一つの枝が折れても、若い枝がしっかりと育っているのでしょう。樹の上の方で小鳥がさえずっていました。
 今清水社から尾根を南へ縦走し、ピークから正面に毘沙門岳を遥拝。


雪の尾根歩きの楽しみは、下からも上からも、自分の歩いてゆく道・歩いてきた道を見通せることにあります。倉谷出合に降りると、林道で三人組の登山者と出会いました。さらに林道を進んでゆくと、正面に美女下平が見上げられました。


古の白山登拝者達にとって、疲れた足取りで美女下平まで登るのは大変なことであったでしょう。しかし、其処には単調な林道歩きにはない喜びが、登らせていただくことの喜びがあったはずです。10時前に初河谷出合着、リュックのファスナーとかんじきの紐をチェックして最後の登りへ。前日おむすびが転がったと思しき谷筋を登ってゆくと、昨日ペットボトルやおむすびの袋が見つかった地点より上でペットボトルのラベルを発見。


しかし、それ以外には何も見つかりませんでした。おそらく、おむすびは樹の根元の雪の穴に「すっとんとん」し、動物たちのご馳走となったのでありましょう。
 深い雪の急斜面を、両手両足を雪に突っ込んでよじ登ってゆきました。さすがに疲れ、加賀禅定道の美女坂を思い出しました。10時半すぎに1017mピーク着。母御石山は雲に隠れていました。


白山権現ご真言・ご宝号をお唱えし、先程会った三名の無事を祈りました。白と黒のモノトーンの世界。白山はまだ、冬でした。
 11時に下山、美女下平を経て正午に浄安杉に着きました。


幹は四本あり、枯れている枝も元気な枝もあります。その姿に、ふと、お釈迦さまの涅槃を想いました。お釈迦さまは四隅の沙羅双樹の間で涅槃に入られました。その際、双樹の片方ずつが枯れたと伝えられています。常・無常、楽・苦、我・無我、浄・不浄の中間で涅槃に入られたお釈迦さまの道は、中道、一切を遮し一切を照らす道です。白山美濃禅定道の「中居」、苦しみの尽きぬ日常と清浄なるお山の間に立つ四本の杉の中間に、釈尊と白山妙理大権現を拝みました。
 中居神社に参拝し、大宮殿の脇に降りました。


小雨が降っていました。車で桧峠を越えて下り、白山中宮長瀧寺に参拝して今回の登拝を終えました。


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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝