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泰澄大師忌(長瀧寺~一ノ宿巡拝)

 三月十八日は、白山を開山された泰澄大師のご命日です。泰澄大師は神護景雲元年(767)三月十八日、越前の越知山大谷寺にて結跏趺坐し定印を結んで、生身往生されたと伝えられています。
 十八日朝、白山美濃馬場中宮・長瀧寺に参拝。長瀧寺から尾根伝いに白山まで続いていた行者の道の起点・金剛童子堂には、軒下まで雪が積もっていました。


大講堂から深い雪を登って薬師堂へと巡拝。


入峯堂跡にてかんじきを履き、裏の雪の尾根を急登してゆきました。やがて、雪に覆われた林道に出ました。行者道は尾根をさらに続けて登っていたはずですが、勝手知ったる林道を歩いて尾根を回り込み、北西に毘沙門岳を遥拝。


林道から谷筋の雪の斜面を詰め、長瀧寺から一時間程で一ノ宿に到着しました。お堂は雪に覆われ、左側のみ姿を現わしていました。


般若心経と一ノ宿本地・不動明王ご真言、白山権現および泰澄大師ご宝号をお唱えしていると、お堂の後ろから日が差してきました。
 お堂の後ろには右上がりの尾根があり、長瀧寺からの尾根は此処につながっていたはずです。一ノ宿の後ろの斜面を登って尾根に出ました。


この尾根を登ってゆくと、二ノ宿(場所は不明)に至ります。二ノ宿本地・釈迦如来ご真言をお唱えしました。その先には三ノ宿、西山と毘沙門岳の間の多和ノ宿、桧峠の先の国境ノ宿、さらに大日ヶ岳、芦倉山、丸山を経て銚子ヶ峰手前の神鳩宿へと続いていた、古の白山行者の長大な縦走路。各々の行場(宿)が尾根から少し下った水場に近い処に設けられていたのも、うなずけます。
 尾根を下ってゆくと、北に大日ヶ岳、右下に長良川が拝め、大日如来ご真言をお唱えしました。


尾根から林道に下りると、往路に下から林道に出た地点に出ました。長瀧寺へと下り、常行堂跡、開山(泰澄大師)堂跡と巡拝して拝殿の脇に下り、かんじきを脱ぎました。


 そのまま、長滝公園の泰澄大師像前と阿名院にて正法寺の和尚さまと長滝の方々が毎年行っているという、泰澄大師忌の法要に参詣させていただきました。二十年以上続けておられるとのこと、本当に有難いことです。白山の頂きに十一面観音菩薩を感得された泰澄大師は、み仏と私たち衆生を、妙理と私たちの迷い苦しみをつなぐ、大徳です。
 帰路、長瀧寺から長良川沿いに中津屋白山神社(十禅寺)、刈安白山神社、洲原神社と巡拝。




いずれも泰澄大師が開いたと伝えられる寺社ですが、春の陽気の中、どこもひっそりとしていました。洲原神社の前の岩に上り、長良川の滔々たる流れを見つつ坐しました。


白山連峰から海まで綿々と続く流れの如く、泰澄大師が白山に開いた道心の流れを、未来へとつないでゆきたいものであります。



いそのかみふるの古道しかすがにみ草のみして行く人なしに(良寛)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝