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白山美濃禅定道中居神社~別山登拝・上

 4月23日朝5時、石徹白の白山中居神社に参拝して古の白山美濃禅定道へ。中居神社入口の立派な権現鳥居は、江戸時代の絵図にも描かれています。


石徹白川沿いの林道はまだ通行止。大宮殿の右手から程よく引き締まった雪を登り、浄安杉を拝んで尾根を登ってゆきました。尾根上には藪と踏み跡が出ている処もあり、美女下平へと登ってゆくと、2月・3月には雪の下だった斧石を拝むことができました。泰澄大師がこの石で斧の刃をつぶし、右下の法川(保川)に放ったと伝えられています。
 一時間程で美女下平に着くと、アカゲラが樹を叩いていました。1017mピークから、雲に纏われた初河山と芦倉山を遥拝。


西には石徹白川と、雲に隠れた野伏ヶ岳。野伏ヶ岳手前の推高谷に朝日が差していました。


白山方面に掌を合わせて西の尾根を降下。先月おむすびが転がった尾根には、すっかり笹藪が出ていました。6時半すぎに初河谷に着陸。林道の除雪は初河谷のすぐ先までで、その先は1m程の雪が積もっていました。やがて、前方の倉谷の奥に母御石山とおたけり坂が見えてきました。


 7時に倉谷に着き、残雪と藪の尾根に取り付きました。タムシバの花が咲くピークより母御石山とおたけり坂を遥拝。


残雪の尾根を歩いて7時45分に今清水社に参拝、般若心経と本地・地蔵菩薩ご真言をお唱えしました。


大杉に掌を合わせ、残雪の尾根を直登。雪はかんじきを使うほど緩くはなく、アイゼンを使うほど固くもありません。おたけり坂を登って8時45分に雨やどりの岩屋着。


南に毘沙門岳と西山、その右奥に滝波山・美濃平家岳・平家岳を遥拝しました。


 9時半前に神鳩着。


別山方面は標高二千mから上は雲に覆われていました。母御石山へと登ってゆくと、先月は雪の下だった母御石が姿を現わしていました。


泰澄大師の母君が此処まで登ったと伝わる石から東に、丸山・芦倉山・大日ヶ岳を遥拝。


10時15分、銚子ヶ峰登頂。北に続く禅定道は、一ノ峰と二ノ峰は見え、三ノ峰は雲を纏っていました。西には願教寺山の後ろに経ヶ岳・赤兎山・大長山。


南東からの風がけっこう冷たかったです。
 残雪は相変わらず固まらず、登山道も処々出ています。日が差してきて、願教寺山との分岐から一ノ峰・二ノ峰・三ノ峰を拝むことができました。


一ノ峰、二ノ峰を経て雪に覆われた水呑権現で如来寿量品偈と釈迦如来ご真言をお唱えし、三ノ峰手前の雪の壁を登って12時15分に三ノ峰避難小屋着。


小屋の周りは雪が少なく、今年は山麓は雪が多かったものの、山の上は雪解けが早いようです。三ノ峰に登り、雲に隠れた白山三所権現に向かって観音経を読誦しました。
 冷たい南東風の中を別山へ。雪庇の表面は相変わらず緩いです。別山は雲に覆われていましたが、南白山は姿を現わしました。


13時半、別山平着。般若心経と別山本地聖観音菩薩・加宝社本地虚空蔵菩薩ご真言をお唱えしました。別山頂は見えませんでしたが、大平壁の雪が垣間見えました。


14時15分に別山頂の別山社に参拝。


境内には雪がなく、やはり今年は山の雪解けが早いです。南東からの風が冷たく、西から霧が上ってきて展望はほとんどありません。アマツバメの群れが舞い、霧の合間に白水湖が見えました。



 御舎利山手前の石室も、すっかり姿を現わしていました。


15時前に御舎利山着、如来寿量品偈や舎利礼文を読誦しました。北西に赤谷や越前禅定道の尾根、北東には美濃禅定道の大屏風や油坂ノ頭が霧に見え隠れ。時々、御前峰の山肌がわずかに拝めました。



「我、常に此に住すれども 諸の神通力を以て 顛倒の衆生をして 近しと雖も而も見ざらしむ…衆生、既に信伏し 質直にして意、柔軟に 一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまず」(「法華経如来寿量品偈」)。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝