FC2ブログ

記事一覧

白山越前禅定道~別山登拝・下

 油坂の残雪を一心に登り、30分程で油坂ノ頭着。雪上にイモリやカエルの無傷の死骸があり、念仏をお唱えしました。冬眠に失敗したのでしょうか。御前峰方面は雲に覆われ、別山方面も西から霧が流れていました。雪に埋もれた天池にはハクサンイチゲが咲いていました。



大屏風の尾根上の道は現われており、雪庇は山腹にまとわりついていました。御舎利山がうっすらと見えてくると、ハクサンコザクラに出会いました。


雪上に、今度はネズミの死骸がありました。16時に御舎利山着、霧でほとんど展望はありません。読経して別山へと向かいました。
 16時15分に別山登頂。


別山社にて般若心経をお唱えしました。風は穏やかですが、西から霧が流れ、南からも霧が上ってきました。時折、霧の合間に白水湖が見えました。別山平へ下り、さらに三ノ峰へ。


ニッコウキスゲが一輪、開きかけていました。


18時前に三ノ峰避難小屋着。19時頃には別山がお姿を現わし、夕日は立ち昇る雲の中に没しようとしていました。


 翌15日、朝4時半に三ノ峰に登ると、南東の雲海の彼方に乗鞍岳と御嶽山、南西には荒島岳や能郷白山が浮かんでいました。



やがて、別山と南白山の間より朝日が昇り、北に白山三所権現を遥拝。



観音経を読誦し、世界の平和を祈願しました。西には、大長山と赤兎山の後ろに経ヶ岳、法恩寺山。


別山平へと登ってゆき、南に、三ノ峰から大日ヶ岳までの山並を拝みました。


 5時40分、別山平着。御手洗池には別山のお姿が映えていました。


般若心経と別山本地・聖観音菩薩ご真言をお唱えして正身端坐。白亜紀の堆積岩である、別山の大平壁。別山の飛騨側は古来、四海波岳と呼ばれてきました。この山の神々しい姿に天下泰平を祈ってのことでありましょう。別山が藤原秀衡や織田信長、金森長近などの武将に敬われてきたのも、天下泰平を願ってのことであったはずです。武力や財力、権力だけでは、世界の騒乱を静めることはできません。四海の波を静めるには、先ず、己れの身と感情と心を静めることが第一歩。明静なる池面に四海波岳・大平壁がそのまま映るように、明静な心には観音さまの大慈悲心が、み仏の心が、あるいは神の愛が、自ずと映っているはずです。
 御手洗池の東側からは、大平壁が間近に拝めます。


その雪融け水は尾上郷へと流れ下り、御母衣湖、庄川、そして日本海へと流れてゆきます。


池を周り、加宝社跡にて虚空蔵菩薩ご真言をお唱えして別山へ。7時に別山社に参拝しました。


御舎利山へと縦走し、御前峰・大汝峰・釈迦岳を前に舎利礼文を読誦。


7時半にチブリ尾根へと下ってゆきました。
 北に御前峰・大汝峰・釈迦岳と越前禅定道の尾根を拝み、斜め後ろには別山を見上げつつ降下。


8時半前に避難小屋に着き、別山と御舎利山を遥拝。


昨日歩いた越前禅定道~白山頂部~美濃禅定道が一望できました。登山道を下ってゆくと、前方に赤兎山・小原峠・大長山。経ヶ岳は雲に隠れていました。


越前禅定道の岩尾根とは異なり、チブリ尾根は森の中。展望の少ない山道では、花や鳥のさえずりが疲れを癒してくれます。サンカヨウやオオカメノキの白い花。


白いギンリョウソウ。


沢の水で喉を潤し、11時に市ノ瀬に下山。手取川大洪水遭難者供養塔に参拝しました。


昭和9年(1934)に起きた災害で、死者・行方不明者百十余名。念仏をお唱えし、亡くなられた方々の菩提を弔いました。
 下山後、手取川の河原にある巨岩「百万貫の岩」を見に行きました。昭和9年の大洪水の際、3㎞上流から流れ下ってきたとのこと。


念仏と白山権現ご宝号をお唱えしました。続いて、白峰・林西寺の白山御本地仏に参拝。明治の神仏分離令で山から下ろされるまでは白山に鎮座していた仏像が、此処で大切に守られています。御前峰頂に祀られていた白山本地・十一面観音菩薩、別山頂に祀られていた本地・聖観音菩薩、大汝峰頂の本地・阿弥陀如来の三尊は、江戸時代に平泉寺で鋳造されたものとのこと。山頂部の千蛇ヶ池に祀られていた地蔵菩薩は藤原秀衡の寄進、六万山から指尾山の尾根にあった「檜の宿」に祀られていた木造の釈迦如来は、泰澄大師作と伝えられています。林西寺は文明5年(1473)に浄土真宗に改宗しましたが、元は泰澄大師開山の白山天台の寺だったそうで、ご本尊の阿弥陀さまは天台宗の頃から祀られているとのことです。白峰は現在は石川県ですが元々は越前国であり、白山の権益をめぐって越前・平泉寺と加賀・白山寺の間で争いが絶えず、江戸時代に天領とされた経緯があります。美濃・長瀧寺も両者と白山の領有をめぐって争ってきました。同じ白山神を拝み、白山本地仏に帰依する天台僧同志の争い…正しい信仰とは何なのか、考えさせられます。
 帰りに白山平泉寺に参拝。平泉寺の平清水は、我を雑えることなく、緑陰を寂かに照らしていました。


関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝