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東洞岳~イノ洞縦走・和良巡拝

 29日早朝、郡上市和良町鹿倉の白山神社に参拝。


狼の姿をした狛犬が出迎えてくれました。明治時代までは日本に生息していたニホンオオカミ。彼らがいてくれたら、イノシシやシカによる農作物の被害はこんなに増えなかったことでしょう。絶滅の原因は人間による乱獲や駆除にあったようです。


当地に生息するハザコ(オオサンショウウオ)が同じ道を辿らぬよう、切に祈ります。白山権現にお参りし、ヲンボ川沿いに車を進めました。
 すぐに東洞岳南尾根の取り付きに到着。5時45分、尾根の踏み跡を登り始めました。いきなりの急登、空は曇って日差しはないものの、風がなく、早くも汗ダクです。笹は膝丈より低く、尾根を30分程登るとなだらかな上りになりました。歩けば肌に当たる空気が、幾分涼しく感じられました。


空には青空も見え、木もれ日の快適な山道を、右下を流れる東洞の響きを聞きながら縦走。やがて南側に、登ってきた尾根を一望、7時すぎに東洞岳に登頂しました。


 東洞岳から、さらに尾根を北へ。藪は少なく、明るい木かげに踏み跡が続いていました。


東洞岳から30分程歩くと前方にイノ洞の姿が現われました。


8時すぎにイノ洞登頂。


御嶽山や乗鞍岳は雲で見えません。北北東に見えるのは川上岳と位山でしょうか。


北西、白山方面も雲でよく見えませんでした。


白山の方に向かって観音経を読誦。
 イノ洞からさらに北へ縦走し、和良と明宝の境まで行きました。東側の展望。


南にはイノ洞。


一旦、日差しの見えた空は、また曇ってきました。9時すぎにイノ洞に戻り、下山。前方には東洞岳へと続く山並。


東洞岳を経て急な尾根を降下していると、カナヘビに出会いました。


登山口の手前で右下の沢に降り、洗面し喉を潤しました。


11時、無事下山。山の下は日差しが強く、猛暑でした。
 下山後、宮代の白山神社へと向かいましたが、場所がよく分からず。後で探すことにし、先に戸隠神社と念興寺を巡拝しました。戸隠神社は江戸時代までは九頭の宮と称し、九頭大明神を祀っています。


境内奥には、天照皇大神が天の岩屋戸に籠り、手力男命が岩戸を開けた際、此処まで飛んできた「かけら」と伝わる「重ね岩」がありました。


 念興寺は、郡上長滝の白山中宮長瀧寺(天台宗)の和尚の弟子が正安3年(1301)に建立、その後浄土真宗に転宗しています。此処には「鬼の首」があるそうです。平安時代、高賀三山・瓢ヶ岳の鬼を、村上天皇の命を受けた藤原高光が虚空蔵菩薩のご加護によって退治した、という伝説が高賀山周辺に伝えられていますが、その鬼の「首」です。藤原高光は右大臣・藤原師輔の子で、官位にありましたが、父の死後、地位も妻子も捨てて比叡山・横川で出家された方です。鬼退治は伝説でありましょうが、村上天皇と横川の高光(法名・如覚)の贈答歌が新古今和歌集にあります。叡山では都や妻子への愛着を離れることのできなかった高光(如覚)は、出家の翌年、大和の多武峰妙楽寺に移って比叡山の聖僧(奇僧)・増賀上人を招き、後の生涯を仏道に捧げました。念興寺にて念仏をお唱えし、如覚和尚と増賀上人を偲びました。


 洞窟「蛇穴」の弁天さまにお参りした後、再度、宮代の白山神社へ。ありました。集落の奥に境内があり、拝殿・本殿はさらに山上に鎮座していました。麓の女人堂に参拝して山上へ。


拝殿に掛かる鰐口を打ち、般若心経と白山三所権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。奈良時代養老年中の創建、白山本地仏として十一面観音菩薩・薬師如来・聖観音菩薩の三尊が祀られています。回り道も、白山権現の思し召し。ご宝前にて投地礼をし、白山妙理大権現のお導きに感謝をさせていただきました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝