FC2ブログ

記事一覧

平泉寺~妙見坂~川上御前巡拝

 8月16日、白山越前馬場・平泉寺より、古の白山越前禅定道を川上御前まで登拝しました。朝5時、泰澄大師廟と顕海寺にお参りして御手洗池へ。


養老元年(717)、泰澄大師が白山を目指して此処まで来たとき、白山妙理大権現が天女の姿で示現し、大師を導いたと伝わる池です。般若心経と十一面観音菩薩ご真言をお唱えしました。
 権現鳥居をくぐり、「中宮平泉寺」の額が掛かる拝殿と、「白山妙理大権現」「別山大権現」「越南知大権現」の白山三所権現に参拝。三ノ宮にて如意輪観音菩薩ご真言をお唱えし、越前禅定道の尾根を登ってゆきました。


30分程で剱之宮着。金剱峯とも呼ばれ、本地は不動明王でしょう。日差しはまだありませんが風がなく、すでに額には汗。さらに尾根を登ってゆき6時前に三頭山に着くと、朝日が差してきました。


 三頭山からは、朝日の方に向かってしっとりとした尾根道を縦走。右手の樹間に銀杏峰や部子山が望めました。稚児堂(児卒都婆)を経て6時半すぎに中ノ平に出ると、南に能郷白山が拝めました。中ノ平は「釈迦之原」と呼ばれ、泰澄大師が釈尊のお姿を感得された処です。中ノ平から法恩寺山への登り坂に入ると空気がひんやりし、山道にはサワアジサイが咲いていました。南西に部子山と銀杏峰、その左に姥ヶ岳と能郷白山を遥拝。


やがて、法音寺跡に着きました。泰澄大師が法華経を読誦する翁に会ったと伝わる処です。


お堂の前で法華経如来寿量品偈を読誦しました。
 7時半に法恩寺山に登頂し、正面に白山三所権現を遥拝。


左から大汝峰(本地阿弥陀如来)、御前峰(本地十一面観音菩薩)、大長山をはさんで別山(本地聖観音菩薩)。右手には経ヶ岳。


さらに禅定道を進み、伏拝に着きました。此処から南東へ経ヶ岳への縦走路が続いていますが、白山禅定道は北東の尾根へと下っています。


眼鏡にストラップを付け、妙見坂と呼ばれるこの尾根の藪へと突入しました。
 尾根には踏み跡が途切れ途切れにあり、時々見失いつつ辿ってゆくと、踏み跡は東へと下る尾根上に続いていました。やがて、尾根には巨大な岩が現われ始めました。巨岩を迂回しつつ急峻な尾根を降下。


泰澄大師の母君が遭難したと伝わる「七難ノ窟」です。母君は大師の法力によって助けられたとのこと。似たような伝承は、白山美濃禅定道の「母御石」にもあります。巨岩周辺の急斜面にはサワアジサイが咲いていました。


尾根を只管下ってゆき、獣道を下って9時15分に沢に降りました。


すぐ上手に堰があります。泰澄大師が身を清めたと伝わる「払川」です。冷たい沢の水で顔を洗い口を漱ぎ、妙見菩薩ご真言をお唱えしました。
 沢の右岸に、藪に覆われた踏み跡らしきものがあり、下ってゆきました。やがて踏み跡は姿を消し、ジャングル状態。沢に降りてジャブジャブと下ってゆきました。下にもいくつか堰があり、堰から右岸山腹の藪をトラバースすると、下に林道が見えました。


10時前に小原林道に着地しました。


 林道を登って東へ。日向は暑いですが、日陰は涼しいです。和佐盛(早内森)を経て道を登ってゆくと、やがて西側に伏拝と妙見坂が拝めました。


南側には経ヶ岳や大舟山。路上をカナヘビの子どもが歩いていました。


11時に林道終点の赤兎山・大長山登山口着。駐車場には車が十数台。登山口のお地蔵さまに掌を合わせ、山道に入りました。
 11時半に小原峠のお地蔵さまに参拝、白山頂方面は雲を被っていました。


峠を直進して白山禅定道を下ってゆきました。山道をアサギマダラが舞い、正午前に川上御前に着きました。


泰澄大師が此処に一宿した際、夢の中に天女が現われたと伝わる処です。それは、平泉寺の御手洗池に現われた天女であり、白山頂翠ヶ池に示現した白山本地・十一面観音菩薩であったでしょう。ご宝前にて観音経を読誦しました。


日当りのよい境内の叢で、トンボが羽を休めていました。
 日が暮れるまでに平泉寺に戻りたいので、投地礼をして12時15分に出発、来た道を戻りました。川上御前から少し登った処にある谷からは、別山と御舎利山が拝めました。


別山本地・聖観音菩薩に掌を合わせました。小原峠のお地蔵さまに戻ると、御前峰の雲も先程よりは薄くなり、此処から市ノ瀬を経て白山頂へと続く越前禅定道の尾根が正面に望めました。


此処も「伏拝」であったようです。
 峠から登山道を駆け下り、川上御前から一時間程で小原林道の登山口着。駐車場から林道を少し下った処に谷があり、降りてみました。此処が「温(ぬるま)川」のようですが、水は冷たかったです。林道を下ってゆくと、側溝をトカゲが私と並走していました。一生懸命逃げるトカゲを追い越しました。西から微風が吹き、西に向かって歩くと涼しく感じられました。北に、大長山へと続く山並が望めました。


 林道を下って14時15分に払川入口着。往路は右岸から降りましたが、左岸の藪に切り開きがあり、道があるのかなと覗いてみると、「有刺鉄線に注意 ツキノワグマ調査中」という看板がありました。クマの体毛を採取するための有刺鉄線だそうです。私は体毛を採取されたくありませんし、クマさんにもあまりお会いしたくはないので、往路と同じく右岸の藪を漕ぐことにしました。
 右岸山腹の藪に入りましたが、藪の上りは下りよりもキツいもの。沢に降り、ジャブジャブと沢を遡上してゆきました。


堰をいくつか越え、15時、堰の手前で左岸の斜面に取り付きました。往路に妙見坂から降りた地点とはどうも違うような気もしましたが、獣道を辿って急峻な尾根へ。尾根の先には太陽が見上げられ、方角は間違っていません。が、いつまでたっても踏み跡は現われず、藪を樹に掴まりながら登ってゆきました。「七難ノ窟」も現われず、只管続く藪と獣道。藪の中を、数頭の獣が横切ってゆきました。シカのようです。妙見坂とは違う尾根を登っていることに気付きましたが、方角は合っており、登ってゆけば妙見坂の尾根と合流するはず。ジタバタせず、藪を一心に登ってゆきました。
 風の通わぬ藪中、急勾配の尾根。頭にアブがたかり脛は藪で傷だらけですが、もはやアブも脛も気にならず、只々上へ。尾根左手の浅い谷筋に獣道が現われ、登ってゆくと、16時、左手に踏み跡が現われました。妙見坂です。一つ下の堰から尾根に取り付いていたのでした。古の禅定道を藪を掻き分け登り、16時半に伏拝に出ると、白山三所権現がくっきりとお姿を現わしていました。


全身、汗でグッショリです。般若心経を読誦し、白山の与えてくださった試練を感謝しました。
 法恩寺山へと戻りましたが、疲れのためか山頂への上りがキツく、振り返ると、白山が見守っていてくださいました。山頂より白山を遥拝し、ご加護を感謝しました。


法恩寺山から不規則な石段を下っていると、両手と前腕が痺れてきました。汗がドッと出て足取りも重く、休み休み降下。明らかに、脱水症状です。水分は摂っていましたが、先ほどの急峻な藪の登りで大量に汗が出たようです。飲料はほぼ尽きており、此処を下った処にある中ノ平の水場で補給する他ありません。慌てず、ゆっくりと下ってゆきました。
 17時半に中ノ平の水場着。お水をペットボトルに注ぎ、頭からかぶって身体を冷やし、体内にもたっぷりと補給しました。


お水の、何というという有難さ!中ノ平は釈迦之原と呼ばれ、「水呑」とも呼ばれていました。同じく水場があり釈尊の誕生仏が祀られていた、白山美濃禅定道・二ノ峰付近の「水呑権現」を想わせます。生命に欠かせないお水の有難さに、お釈迦さまの大慈悲心を感じました。お水を持ち帰り、仏さまにお供えすることにしました。
 体力・気力を回復し、順調に下山。18時半に三頭山を通過、夕日は沈もうとしていました。


ヘッドライトを点け、禅定道を駆け下りました。剱之宮に参拝し、19時に平泉寺着。



白山三所権現に掌を合わせ、暗闇の御手洗池にて十一面観音菩薩を拝みました。
 古の白山禅定道、其処では余計な心は一切簡却せられ、真の道が永劫に続いていました。
関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝