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汾陽寺山・権現山縦走~白山遥拝

 9日朝6時半、武芸川町・寺尾ヶ原より汾陽寺山の鉄塔巡視路へ。寺尾ヶ原を挟んで西の汾陽寺山と東の権現山は、それぞれ毎年登っておりますが、今日は坂の峠経由で縦走してみることにしました。
 20分程で鉄塔に着き、北に朝焼けの白山を遥拝。


南から拝む白山三所権現は、別山の右奥に御前峰が聳え、中央奥に大汝峰が頭を覗かせています。大汝峰の彼方、白山加賀禅定道・笥笠中宮の西因上人は、「三所権現は阿弥陀・聖観音・十一面の垂迹也」と語っています(「続古事談」)が、こちらから拝む白山は、まさに、阿弥陀如来を本尊とする阿弥陀三尊です。凍てつく空気の中、鉄塔下に坐して観音経と念仏をお唱えしました。
 7時すぎ、東の権現山の頂より日が昇りました。


白山三所権現と対面して正身端坐。


十一面観音菩薩(御前峰)と聖観音菩薩(別山)の背後に頭を出している、阿弥陀如来(大汝峰)。まっ白に輝く、白山。西因上人の願文に、「弥陀の白毫一たび照らさば、煩悩の黒業悉く除かれん」とあります(「白山上人縁記」)。西因上人は笥笠で常行三昧(念仏)を行じていたようですが、願文には「我れ普賢の行を修し」とあり、法華三昧も行じていたことが明らかです。白山の光明とは阿弥陀さまの光明であり、それはまた、お釈迦さまの説かれた法(教え)に他なりません。白山の光明に照らして己を見つめ直すこと、み仏の光明(教え)に照らして己を見つめ直すこと、それが坐禅であり、念仏であり、法華の行であり、仏道でありましょう。


 8時に坐を立ち、紅葉ヶ滝へ。


紅葉は枯れて見当たらず、苔の滝といった風情。


滝前に坐して般若心経を読誦しました。此処は、ひんやりと寂かな行場です。苔むした巌を、水は只あるがままに流れ落ちていました。ふと、アフガニスタン東部で用水路の建設などを続けている中村哲医師が「ペシャワール会報」に書いておられた、「水が善人・悪人を区別しないように、誰とでも協力し、世界がどうなろうと、他所に逃れようのない人々が人間らしく生きられるよう、ここで力を尽くします。」という文を思いました。空爆・空襲でテロは減らせないでしょう。かつて、空襲で日本を降服させることのできなかった米軍は、結局、原爆を使ったのではなかったでしょうか?爆弾で焼野原を作るよりも、砂漠に用水路を作り農地を回復する方が、テロリストの新たな発生を未然に防ぐ正道である、と私は信じます。誰もが恙なく暮らせるよう、一隅を照らしてゆきたいものです。
 9時に坐を立ち、汾陽寺山頂へと尾根を登ってゆきました。30分程で登頂、南西に岐阜市街、その背後には多度山への山並。


山頂から南東へ下ってゆき、コブの上から西に伊吹山・霊仙山や鈴鹿・養老の山々を拝みました。


眼下には山県市を流れる武儀川。コブからは権現山を左手に望みつつ南へ、急峻な斜面を降下。


やがてなだらかな尾根となり、小藪の中の踏み跡を下ってゆきました。10時半、尾根の真下に坂の峠が現われました。


車道への降り口を探して暫し急斜面を徘徊。車道に降り、峠のお地蔵さまに掌を合わせました。
 お地蔵さまの後ろに山道が続いており、南東へ登ってゆくと西に汾陽寺山、北に高賀山の姿。



鉄塔からは北に滝波山、北北東に権現山が拝めました。



山道からは西に伊吹山と霊仙山を遥拝。


やがて小知野からの尾根と合流し、北へ。東に天王山・誕生山が望めました。その右奥には恵那山。


山道を登って11時半前に登頂、山頂の白山権現社にて般若心経と白山三所権現ご真言・ご宝号をお唱えし、白山有縁の人々の少病少悩・息災延命を祈りました。


 参拝後、山頂東の鉄塔へ。昼の光に、白山は一段と白く輝いていました。


別山と御前峰の奥に大汝峰、別山の左には三ノ峰。白きお山の左手には蕪山と滝波山、右手にはタカネと高賀山。白山に向かって念仏をお唱えし、怨親平等に回向しました。白山の光明、即ち阿弥陀さまの光明に、お釈迦さまの教えに生かされていることを感じつつ、正身端坐。この光明を、苦しみ・悲しみの尽きない日常の娑婆世界へ、争いの絶えない修羅の世界へ、地獄・餓鬼・畜生の世界へ、いささかなりとも反映してまいりたいものです。


 正午に下山、黄葉の山道を下ってゆきました。


一つ下の鉄塔からは東に御嶽山、西に汾陽寺山と伊吹山を遥拝。


30分程で寺尾ヶ原に下り、瞽女岩の観音さまにお参りして帰路につきました。


昔、此処で瞽女(ごぜ、目の不自由な女旅芸人)が子供を産んだようです。障害があってもなくても、誰もが恙なく暮らしてゆけますように。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝