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桑名西別所~蓮花寺放浪

 12月17日午前、尾張立田の富岡神社に参拝しました。


戦国時代、織田信長の弟・信興が此処に古木江城を築きましたが、元亀元年(1570)9月、石山本願寺の対信長挙兵と同時に伊勢長島の一向宗門徒も蜂起、弥富服部党などの一揆勢に囲まれた信興は、11月21日に戦死しました。念仏をお唱えし、信興公と一向一揆勢の戦没者に回向しました。蓮田に囲まれた城跡の前を流れる川面に、陽光が煌めいていました。


 弥富の妙観堂で法要を修した後、昼すぎに桑名の西別所へ。天正元年(1573)の信長の長島攻めで最後まで抵抗したという、中島将監の白山城を目指して歩きました。白山城があったという山のすぐ南西に国道を挟んで山があり、先ずはこちらへ。鉄塔巡視路を登ってゆくと、国道の向こうに白山城の山。


鉄塔までの間は竹林で、山内はまだ紅葉が見頃でした。


昔、この辺りに十一面観音菩薩を祀った蔵鷺庵(ぞうろあん)があったとのこと。十一面観音菩薩は白山の本地仏。蔵鷺庵は明暦元年(1655)、真田幸村の三男・万機和尚が建てた庵で、明治の廃仏毀釈で廃庵となったそうです。境内(?)の東の一角に瓦が積まれいました。かつてのお堂の跡でしょうか?般若心経と念仏をお唱えし、真田一族に回向しました。


 国道をくぐって北寺延寿院に参拝。


此処もご本尊は十一面観音菩薩です。延宝年間(1673~81)、当地・上野村の方が造立した十一面観音さまの石像を安置するために建立されたそうです。般若心経と十一面観音菩薩ご真言をお唱えし、お堂の裏手の道を登ってゆきました。少し登って下ると、白山社跡がありました。


白山神社は今年の9月に八幡神社に遷座されたそうです。


この辺りに白山城はあったのでしょうか。弟・信興の命を奪われた信長は、元亀2年(1571)に長島に出陣しましたが苦戦を強いられ、天正元年(1573)に再び出陣。北伊勢の諸城を落としてゆきましたが、白山城の中島将監は最後まで抵抗しました。信長は城を囲んで金堀衆を使って攻め、将監は降服したとのことです。白山社跡にて般若心経と白山三所権現ご真言・ご宝号、念仏をお唱えし、長島一向一揆の戦没者に回向しました。この時も退陣の際に一揆勢に苦しめられた信長は、翌天正2年(1574)に大軍を率いて三たび長島へ。織田一族が何人も戦死し、一向一揆勢は二万人が焼き殺されたのでした。
 神社跡から少し戻って、鉄塔へ。鉄塔の南西には、国道を挟んで先程登った蔵鷺庵の山。


その右奥には鈴鹿の山並が見渡せました。


この国道は山を削って作ったのでしょう。戦国時代に白山城があったこの「白山」には、おそらく、それ以前は白山信仰の寺社があったのではないでしょうか。江戸時代にこの山の麓に十一面観音菩薩(白山の本地仏)を祀ったお堂が二つ建てられたのは、戦国時代に荒廃してしまったこの山の信仰を再興しよう、という思いからであったのかもしれません。
 白山社跡から北へ鉄塔巡視路が続いており、竹林の中をしばし放浪。


踏み跡はやがて、国道に遮られました。来た道を戻って延寿院へと下ってゆくと、南に伊勢湾が望めました。


西別所の街中へ下って照林寺に参拝。かつて蔵鷺庵(照林寺の「由来」には「白鷺庵」とあり)に祀られていた十一面観音菩薩像と阿弥陀如来像を、明治44年に他所から移転してきた照林寺(浄土真宗)がお守りしているそうです。蔵鷺庵の万機和尚は曹洞宗の僧であったようですが、この二体の仏像は、やはり白山信仰を思わせます。白山三所権現(御前峰・別山・大汝峰)の本地仏は十一面観音菩薩・聖観音菩薩・阿弥陀如来。白山信仰の拠点、越前平泉寺・加賀白山寺・美濃長瀧寺をはじめ、各地の白山宮には明治の神仏分離までは本地仏が祀られており、今でも本地仏を祀っている白山社も存在します。また、明治の神仏分離・廃仏毀釈で白山社や山から下ろされた本地仏を、信者の方々がお堂を建ててお守りしたり、真宗のお寺などが預かってお守りしているケースもあります。白山の本地仏が浄土真宗のお寺に受け容れられるのは、三所権現の本地仏に阿弥陀如来が入っており、三仏を阿弥陀三尊と見ることも可能だからでしょう。白山三馬場の本山であったはずの天台宗のお寺が下山仏を受け容れておられぬのは、お上を恐れてのことでありましょうか?
 西別所から川沿いに西へ、鈴鹿の山並を見つつ歩いてゆき、蓮花寺の高台に鎮座する白山神社に参拝。


永禄の頃(1550年代)以前の創建と伝わるそうです。拝殿の後ろ(北)に本殿が鎮座。観音経と白山三所権現ご真言・ご宝号をお唱えし、境内にしばし坐しました。此処にも、かつては白山の本地仏が祀られていたことでしょう。神社から仏像を取り除くことはできても、み仏の示現を、仏法の現前を遮ることは不可能です。「如来の示現が自在無礙なるに、なんぞ必ずしも一向に丈光の形をなさん。」(「摩訶止観」)。仏さまは、後光の射した姿でばかり現れるとは限りません。「仏を見れども心に法門なきは、みな仏にあらざるなり。」仏さまの示現とは、仏法、大自然の妙理の現前に他なりません。それはあらゆる処に、まっ白に輝く白山に、陽光に煌めく無数の波に、一輪の花・一粒の滴に現前し、それを感じる相手に応じて法を説いているのです。逆に、もしブロッケン現象などの絶景に遭遇したとしても、其処に仏法の現われを感じることがないならば、それは妖怪にすぎず、人を天狗にする魔物とさえいえます。
 午後の日差しが、クモの糸にぶら下がる一枚の枯葉を照らしていました。


白山神社から東に下って山神社へ、次いで白山神社南麓の宇賀神社へと巡拝。


到る処に現前している仏法に気づいていること、それが正念であり、禅であり、念仏でありましょう。妄念・邪念に流されることの多い日常のさ中にあって、些かでも正念を相続してまいりたいものです。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝