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母袋烏帽子岳~烏帽子岳縦走

 2月25日朝6時前、郡上大和の奥母袋総社に参拝。


拝殿の後ろに祀られている仏・菩薩の御前で般若心経を読誦しました。温泉スキー場に車を停め、母袋烏帽子岳へと出発。処々、引き締まった雪に覆われた山道を登って稜線に出ると、東に御嶽山の姿。


一時間程で母袋烏帽子岳に登頂しました。白山方面は雪雲に覆われていました。母袋烏帽子岳から北へと縦走。此処から先は道はなく、藪上の雪歩きです。母袋烏帽子岳の北隣のカワズ洞の頭より、北に白尾山から烏帽子岳・気良烏帽子岳までの山並を遥拝しました。


 カワズ洞の頭から北東の尾根を急降下し、7時半すぎに大洞峠より高倉山を見上げました。


峠のお地蔵さまの後ろにはカワズ洞の頭。


大洞峠から尾根を北へ登ってゆきました。南面した尾根には処々、笹藪が出ていました。やがて、尾根筋に白く続く雪の上を縦走。


振り返ると、母袋烏帽子岳の彼方に高賀の山並が望めました。


8時半に高倉山登頂、北へとさらに続く尾根の先に、気良烏帽子岳が頭を覗かせていました。


 高倉山から一旦急降下すると、緩やかな登りに。日当りがよい為か、藪がけっこう出ています。左手には白尾山への尾根が並走。標高千五百mを超えた辺りからは尾根は一面の雪に覆われ、新雪上に氷がキラキラと輝いていました。


9時半、鷲ヶ岳・白尾山~烏帽子岳の稜線に出ると、北東に烏帽子岳と気良烏帽子岳が拝めました。


左手に鷲ヶ岳の尖った頭を望みつつ北東へ縦走。


やがて、10時すぎ、鷲ヶ岳の右に白山が姿を現わしました。


御前峰と剣ヶ峰を中心に、両翼をいっぱいに広げた真っ白なお姿。凍てつく空気の中、観音経を読誦しました。
 気良烏帽子岳が目前に近づき、急峻な登りへ。


急斜面からの白山の展望は素晴らしく、滑落しないよう気をつけながら遥拝。


鷲ヶ岳と烏帽子岳の間に横たわる白山は、左から一・二・三ノ峰、別山、御前峰・剣ヶ峰、そして右の奥三方岳・三方崩山まで、生きとし生けるものを包みこむかの如く、白い衣手をゆったりと広げていました。


10時半すぎに気良烏帽子岳登頂。


白く輝く白山を拝みました。南には母袋烏帽子岳とカワズ洞の頭が望め、西には歩いて来た尾根の彼方に両白の白い山並と、伊吹山地の山かげ。



此処から見ると、母袋烏帽子岳は確かに烏帽子のように見えます。
 気良烏帽子岳から烏帽子岳へと向かい、11時すぎに登頂。此処は、泰澄大師が養老6年(722)に元正天皇の病を加持祈祷で治した後、天皇から宝剣を授かり、白山開踏を祈って二十一日間修行して不動明王を感得した処で、入寂の前年には、かつて元正天皇からいただいた宝剣を祀って「諸願成就の宮」を建てたとも伝わる処です(明宝村史)。「白山中宮長滝寺の歴史」によれば、越の大徳・泰澄大師は越前・加賀・美濃の三方から白山の登拝路を開こうとし、養老元年(717)の白山開山後、美濃側に下って白山中宮・長瀧寺を建て、養老6年に元正天皇の病を治した後にも美濃に入って長瀧寺に参詣しています。また、泰澄大師は高鷲の鮎走から大日ヶ岳に登り、白山権現の本地・大日如来を感得して祀ったとも伝えられています(「高鷲村史」)。烏帽子岳頂から一つ北のピークへ進むと、鷲ヶ岳の向こうに大日ヶ岳が望め、さらに別山、白山へと続く尾根が一望できました。


泰澄大師が烏帽子岳で開踏祈願をしたというのも、頷けます。烏帽子岳で大師の前に現われたという不動明王は、大日如来の化身です。養老6年、美濃を巡錫した泰澄大師は烏帽子岳から鷲ヶ岳へ縦走し、西へ下って鮎走から大日ヶ岳に登ったのかもしれません。白山へと連なる峰々を見つつ、不動明王、大日如来、聖観音菩薩(別山本地)、十一面観音菩薩(御前峰本地)、阿弥陀如来(大汝峰本地)のご真言をお唱えしました。
 白山権現の本地仏は十一面観音菩薩でありますが、鮎走の伝承によれば、大日如来が白山妙理大権現の本地として現われています。また、加賀・笥笠神宮寺の西因上人は、白山権現の本地は阿弥陀三尊(阿弥陀如来・聖観音菩薩・十一面観音菩薩)であると説いており(「続古事談」)、富士山修験(富士山頂の八葉)では白山の本地仏は釈迦如来とされています。これらの諸説は、大日如来が密教における根本仏であり、釈迦如来が法華経における久遠実成の本仏であり、阿弥陀如来が観音さまを脇侍とし、観音さまの宝冠には阿弥陀さまの化仏がおられることからすれば、何ら矛盾はありません。また、観音さまは相手に応じて自在に姿を変えて法を説き人々を救うお方で、仏の姿、神の姿、役人、異教徒、男、女、子供、龍…様々な姿で現われることが「観音経」に説かれています。泰澄大師が十一面観音菩薩を白山神の本地仏として開山されたことを、私は、本当に尊く有難いことだと思っております。
 白山に投地礼をし、正午に下山。御嶽山と乗鞍岳にかかっていた雲のヴェールが解けていました。


気良烏帽子岳から下り、来た尾根を縦走。


気良烏帽子岳の右に御嶽山。


13時半に尾根分岐着、烏帽子岳・気良烏帽子岳の右には乗鞍岳。


気良烏帽子岳は烏帽子のように見えますが、烏帽子岳はなだらかで烏帽子には見えません。おそらく、「烏帽子岳」とは烏帽子岳北ピーク・烏帽子岳・気良烏帽子岳の三山の総称だったのではないでしょうか。雪が緩んで歩きにくい尾根を下ってゆき、高倉山へ登って15時に大洞峠に下りました。
 峠から雪原を通ってカワズ洞の頭への急峻な尾根へ。北側斜面は雪が程よく締まっており、疲れた脚には助かります。15時半に母袋烏帽子岳に戻ると、北西に毘沙門岳~桧峠~大日ヶ岳の尾根が望め、その後ろに野伏ヶ岳や薙刀山の雪が光っていました。


南東には、恵那山の左に南アルプスと中央アルプスの山並。


白山に長瀧寺から登っても烏帽子岳から登っても、四方八方どこから登っても、どこから拝んでも、白山は一つです。白山に通ずるすべての道は一つ、すべての伝承は一つです。一つのものが無限の姿で現われる、「普門示現」する、それが「権現」であり「垂迹」でありましょう。波に煌めく無量無数の光明が、一つの太陽に他ならないように。
 17時前に駐車場に到着。奥母袋総社にて大日如来・阿弥陀如来・薬師如来そして白山本地・十一面観音菩薩に参拝し、今日の体験を感謝しました。


拝殿の後ろに本地仏を祀る、古来の神仏習合のお宮・お堂では、神と仏を同時に拝むことができます。○○神、○○仏、○○天、主○○…国により民族により伝統により様々な名で呼ばれているものが、一つのものの無限の現われなのだと観れば、排他的・狂信的な信仰、信仰の強制・弾圧、宗教間の対立などは、愚かしく悲しいことに思われてなりません。
 泰澄大師が白山に開いた、神仏習合の白山妙理大権現。それは、神と仏が共生するだけではなく、神と神が共生し、人と人が共生する道を示しているのではないでしょうか。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝