FC2ブログ

記事一覧

初詣

 2019年正月2日朝、白山美濃馬場・白山中宮長瀧寺に初詣。


雪は少なめ。長靴で新雪踏んで参道を進み、白山神社拝殿、豪潮律師宝篋印塔、大講堂と順拝しました。


拝殿の後ろに鎮座する白山三所の神殿は、中央が白山大御前(白山妙理大権現、伊弉諾尊・伊弉冊尊)。向かって右が別山(別山大行事権現、天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト))。向かって左が越南智(越南智大権現、大己貴命(オオナムチノミコト))。


かつて葦原の中つ国即ち日本の統治をめぐって争った大己貴命(大国主神)と、天忍穂耳尊。やがて、大己貴命の国譲りによって、天忍穂耳尊の息子の邇邇芸命(ニニギノミコト)が葦原の中つ国に降臨したわけですが、白山三所権現はこの両者(「伊弉冊尊~須佐之男命~大己貴命」と「伊弉諾尊~天照大御神~天忍穂耳尊」)の対立と融和、均衡の象徴といえましょう。今年も、白山の順礼をより広く深く続けてまいる所存です。
 長瀧寺から長良川を渡り、御坊主ヶ洞へ。


谷筋の急斜面を十五分ほど登り、見附ノ大岩を見上げました。


戦国時代、大永・享禄の頃(1521~32)、この大岩の下で長瀧寺の敬愚比丘が火焼三昧に入定されたのでした(「長瀧寺真鑑正編」)。


火定などと聞くと、ただの焼身自殺と思われる方が多いかもしれませんが、私は敬愚比丘を心から敬慕しております。比丘が約五百年前に身をもって灯した炎は、私にとっては消えていません。「法華経」薬王菩薩本事品に説かれる一切衆生喜見菩薩の焼身供養の炎は、千二百年燃え続けたのでした。一切衆生喜見菩薩が師の日月浄明徳仏と法華経を供養する為に身を焼いた如く、敬愚比丘は身をもって白山と古道を、泰澄大師の教えを照らしているのです。西面して谷を見下ろし、法華経薬王菩薩本事品と念仏をお唱えしました。


毎年、正月と比丘のご命日(陰暦六月朔日)頃に薬王菩薩本事品を読誦して比丘を供養しております。「本事品」には焼身供養だけでなく、阿弥陀仏の安楽世界(極楽浄土)への往生も説かれており、法華の教えと浄土の教えが別のものではないことを教えてくださいます。
 見附ノ大岩からさらに登って鉄塔に出、毎月巡拝している鳩居峯の三ノ宿・西山・毘沙門岳を遥拝。


今年も五宿目までの巡拝を毎月続けます。仏岩の奥の大日ヶ岳は雪雲の中。尾根を縦走して「平家城」へ。


砦の辺りから長良川の向こうに長瀧寺が見下ろせました。


昔、この辺りで源氏と平家の合戦があったと伝わり、前谷にある千人塚は、平家側の戦死者千人の耳塚ともいわれているそうです(「北濃の史跡と傳承」)。鉄塔に戻ると、大日ヶ岳の雪の稜線が拝めました。


穏やかな、一年の始まり。今年は、どんな年になるのでしょうか。
関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝