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市ノ瀬~指尾山・雷雨

 4月28日午前3時、夜雨の中、白山越前馬場中宮・平泉寺に参拝。



仕事の都合で連休はないので、日帰りで白山越前禅定道を登拝すべく、車で市ノ瀬へと向かいました。4時すぎに登山口に着いたものの雨が強く、明るくなるまで車中で待機。夜が明けると雨雲は案外に薄く、六万山の左に釈迦岳が見えていたので、カッパを着て5時に出発しました。


 六萬橋のゲートを過り、雨の禅定道を六万山へ登ると、尾根の上は南から突風が吹きつけ、樹々がゴーゴーと唸っていました。この辺りは樹々が風を防いでくれますが、越前禅定道はこの先、ヤセた尾根を登ってゆきます。この突風をまともに受けては、登れないかもしれません。行ける処までは行ってみることにしました。
 6時に指尾山着。雲の中の白山頂部(御前峰・大汝峰)へと越前禅定道の尾根が続き、その左に釈迦岳を遥拝。



般若心経を読誦しました。此処まで残雪はほとんどありません。先へ進むと風雨が弱まってきたので、これなら山頂まで行けるかも…と期待したのも束の間、突如、上空から轟音が響いてきました。雷です。雲が薄かったので、まさか…と思いましたが、山の天候には順うより他ありません。この先のヤセ尾根では逃げ場がないので、身を低くして指尾山へと引き返し、岩陰に坐して一心に観音経と十一面観音菩薩ご真言をお唱えしました。空が光って鳴り、雨風が再び強まってきました。


 何年か前、御舎利山と別山の間の石室で雷雨の一夜を過ごした時のことを思い出しました。大自然の力の前に為すすべもなく、只々、一心に観音さまを念じるの他ありませんでした。数時間後、雷雲は去り、遠くにピカピカ明滅する巨大な積乱雲の列を見ました。


別山へと向かい、中天の満月の下、山頂に正身端坐すると、地面に黒々とした自分の影がありました。月があまりに明るかったため、己れの影の濃さにギョッとしたのでありました。これが俺なのか…己れの煩悩・悪業・苦しみの、なんという深さ。己れの陰影の外側には、み仏の光明が無限に広がっていました。…
 円月の光に黒し己が陰
 今日は登るべからず、との白山妙理大権現の思し召しを受け容れ、指尾山から下山。イワウチワ咲く六万山より白山頂方面を拝みました。


市ノ瀬へと下ってゆく途中、禅定道の周辺に雨風を凌げるような巨岩がいくつもあることに気づきました。


苔むす巨岩の下の隙間で正身端坐。


この岩の苔から滴る清水は、手取川となり、先日参拝した安久濤ヶ淵を経て日本海へと流れてゆきます。


越前禅定道の苔清水が、加賀へと流れていました。また、美濃禅定道の苔清水は石徹白川から九頭竜川へ、越前を流れていました。越前、加賀、美濃…といった線引きは人間が勝手にこしらえたものであって、大自然には本来、そのような線引きは存在しないのでした。同様に、神さまと仏さまの線引きも、人間が勝手にこしらえたものでしょう。勝手に作った線引きへの固執を捨てるなら、白山の恵みは、大自然の妙理は、観音菩薩の妙智力は、至る処に「普門示現」しています。
「柔和質直なる者は 則ち皆、我が身の 此(ここ)に在って法を説くを見る」(「法華経如来寿量品」)。
神も仏も一切遮し、神も仏も並べ照らす、それが中道実相の妙理であり、白山妙理大権現に他なりません。白山には本来、越前も加賀も美濃も飛騨もなく、しかも、白山の雪は越前も加賀も美濃も飛騨も、分け隔てなく照らしているのでした。
 一時間程して坐を立ち、市ノ瀬へ。昭和9年(1934)の手取川大洪水遭難者供養塔と、白山遭難の碑の前で念仏をお唱えし、亡くなられた方々に回向すると共に、これから白山に登る方々の安全を祈願しました。


早朝から私の他には誰もいませんでしたが、私と入れ違いに数台の車が来ました。後で知りましたが、六萬橋のゲートの閉鎖解除に来た方たちでした。手取川大洪水の際に流れ落ちてきた百万貫の岩の周りを、手取川の水が轟々と流れ下っていました。


 帰りに白峰・林西寺(白山本地堂)にお参りし、隣の八坂神社に参拝。


養老2年(718)に泰澄大師が牛頭天王を祀り、本地・薬師如来のお像を安置した処で、薬師社、牛首社と呼ばれていました。明治の神仏分離で八坂社とされましたが、今でも薬師三尊と十二神将が祀られています。柏手を打ち、般若心経と薬師如来ご真言、白山権現および泰澄大師ご宝号をお唱えしました。み仏の光明は、私の貪り・怒り・愚かさも、数々の悪業と苦しみも、すべて照らしぬいていました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝