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白山越前禅定道登拝

 先週、雷雨で引き返した白山越前禅定道を登拝すべく、夜勤明けの5月3日午後に平泉寺参拝。先ずは泰澄大師廟にお参りしました。


次いで、平泉寺の塔頭として唯一残っている顕海寺に参拝。ご本尊は、奥州平泉の藤原秀衡公寄進と伝わる阿弥陀如来。念仏をお唱えし、熊本地震および東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福と、被災地の復興を祈りました。鳥居をくぐって参道をすすみ、御手洗池へ。


養老元年(717)4月1日、泰澄大師がこの林泉で礼拝念誦していた時、女神より「私の本地の真身は白山の天嶺にあり」とのご神託を受け、白山へと登って行ったのでした(「泰澄和尚伝記」)。林泉から奥へ進み、大講堂跡に参拝。


かつて拝殿と直角方向に並び、薬師如来が祀られていた平泉寺大講堂跡には、現在は今宮神社など、境内の他の場所から移されたお宮が並んでいます。薬師如来ご真言をお唱えしました。拝殿と、その後ろに並ぶ白山三所大権現に参拝し、白山へのお導きをお願いしました。
 車で市ノ瀬へと向かい、15時すぎに禅定道を歩き始めました。今日は夜から天候が崩れるので、それまでに殿ヶ池の避難小屋へと登る必要があります。先週同様、南風が強いものの、雨は降っておらず爽やかです。一時間程で指尾山に着き、越前禅定道の尾根の奥に御前峰と大汝峰を遥拝しました。


南側の別山は雲に覆われており、雲は南から北へ次々と流れてゆきます。尾根上に続く登山道は、尾根の南側に出ると突風が吹きつけ、体があおられました。16時半に剃刀窟着。


泰澄大師が剃髪した処と伝えられています。剃刀というと、受戒が連想されます。私が伊吹山寺の師より得度を受けたのは、十年前。戒律をよく保てているか、と問われれば、反省することばかりでありますが、不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒の五戒は、虐待防止法の身体的虐待・経済的虐待・性的虐待・心理的虐待・ネグレクトにそのまま当てはまり、二千五百年を経ても全く色褪せることがありません。不飲酒戒は、車社会になってようやく、その意味が理解されやすくなったといえます。梵網菩薩戒経偈を誦しました。
 ヤセた尾根に南から吹きつける、突風。樹々やハクサンシャクナゲの花が、風を防いでくれていました。


思わず十一面観音菩薩ご真言をお唱えしました。残雪に覆われた慶松平より白山頂方面を遥拝し、さらに上へ。


右前方に不動滝を拝みました。


18時すぎ、上に殿ヶ池避難小屋が見えましたが、風が強まり、雨も降ってきました。


やがて暴風雨となり、まともに歩くことができません。18時半、ようやく、風に吹き飛ばされるように避難小屋入口に出ました。中に入って着替え、夕座勤行。南からドォーッ、ドンドンと風が吹きすさび、床が小刻みに震えます。すきま風がヒューと叫び、窓をバラバラと雨が叩いています。二重の窓から雨水が漏れていました。いつまでも続く嵐に、窓が割れないだろうか…と心配になりました。小屋を襲う暴風の音がする度に、負けじと大声で十一面観音菩薩のご真言をお唱えしました。しかし嵐は一向に止まず、あとは只、神仏に、白山権現にお任せするのみです。南風はやがて西風となり、夜半には北西風となって続きました。音に次第に馴れたのか、仮眠をとることができました。
 翌4日朝4時、暴風はおさまりましたが、雨はけっこう降っていました。朝座勤行をして5時半に出発。雨は止み、空は晴れてきました。馬のたてがみを登って弥陀ヶ原に出ると、白山頂御前峰が姿を現わしました。


6時半、室堂着。


雪はまだけっこうあり、処々、アイスバーンとなっています。アイゼンを装着し、山頂へと登ってゆきました。


登るにつれて北西からの風が凄まじくなり、向かい風や横風では、まともに立っていることすらできません。ふと、昔見た香港のサッカー映画のゴールキーパーを思い出しましたが、7時15分に無事に御前峰に登頂。


山頂の白山奥宮にて観音経と白山本地・十一面観音菩薩ご真言、白山権現ご宝号をお唱えしました。北西から雲が流れ来ては去り、大汝峰と剣ヶ峰が見え隠れしていました。


大汝峰と翠ヶ池に向かうつもりでしたが、この風では危険です。今日は御前峰の南東側を巡拝することにしました。御前峰から下ってゆくと、南に別山もお姿を現わしました。


 雪に覆われた平瀬道を賽の河原へ進み、大カンクラ雪渓を渡って2489mの高台へ。真上に御前峰の転法輪の窟が拝め、その右には剣ヶ峰が頭を出していました。


白山の飛騨側は、まだまだ雪が多いです。転法輪の窟を見上げつつ般若心経と泰澄大師ご宝号をお唱えしました。南側には別山を遥拝。


平瀬道に一旦戻り、残雪に覆われた「御厨池(みくりやいけ)」へ。泰澄大師(神融法師)が法華経の功力で毒龍悪鬼をとじ込めた、と伝わる池です(「大法師浄蔵伝」)。泰澄大師の後、浄蔵法師や日台聖人がこの池の水を汲み、病に苦しむ人に与えると、治らぬことはなかったそうです(「大法師浄蔵伝」「古事談」)。また、富士山頂に大日如来を祀った末代上人も、この池の水を汲んだようです(「本朝世紀」)。(詳しくは、昨年10月の「大白川より白山登拝」、今年2月の「富士宮~村山~天子ヶ岳巡拝」をご覧ください。)池はまだ雪の下ですが、池のある辺りからは御前峰や別山が拝めました。



この辺りから油坂ノ頭を経て別山へ、尾根がつながっています。東の眼下には大倉山やゾロ谷、風に波立つ白水湖。


風の防げる岩場があったので、岩の間に正身端坐しました。
 神融法師(泰澄大師)は、法華経の功力で御厨池に毒龍悪鬼をとじ込めた、と云います(「大法師浄蔵伝」)。「大日本国法華経験記」や「今昔物語集」では、越後の国上山の宝塔を再三に渡って破壊した雷神を、神融法師が法華経の功力で捕え、仏法に随い善心を発すよう、教え諭しています。大師が白山御厨池に毒龍悪鬼をとじ込めた、というのも、竜神や鬼神に仏法を教え、善心を発させる為であったのでしょう。泰澄大師が白山で九頭龍王の後に十一面観音菩薩を感得し、阿蘇山では九頭龍王の後に千手観音菩薩を感得した(「本朝神仙伝」)等の伝承の意味する処は、竜神・諸神が大師の教えに順って自らの仏性に目覚め、道心を発した、ということに他なりません。法華経観世音菩薩普門品を誦し、泰澄大師始め、比叡山の浄蔵法師、富士山の末代上人等、白山の先達の方々に掌を合わせて下山しました。馬のたてがみより、越前禅定道の尾根と、市ノ瀬からさらに赤兎山・大長山の間の小原峠を越えて平泉寺まで続く、越前禅定道の峰々を拝みました。


下ってゆくと風は弱まり、指尾山より越前禅定道の尾根と御前峰・大汝峰を振り返り、白山権現に投地礼。


室堂から4時間で市ノ瀬に下山し、白山妙理大権現のお導きに感謝をしました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝