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大日岳~立山登拝

 7月2日、称名平より大日岳を経て立山に登拝し、立山禅定道を下って称名平に戻りました。
 前日、立山信仰の拠点であった岩峅寺雄山神社(かつての立山寺)と芦峅寺雄山神社(かつての立山中宮寺)を巡拝。岩峅雄山神社では、今年の10月2日に立山修験講柴燈大護摩供・火渡荒行が厳修されるそうです。芦峅寺雄山神社に着き、参道を進んでゆくと中央に「立山開山御廟」があり、念仏をお唱えしました。


立山を開いた慈興上人が天平宝字2年(758)に入定された処です。御廟の左奥、立山権現を祀る祈願殿は、明治の神仏分離までは大講堂であり、阿弥陀三尊が祀られていたそうです。立山権現の本地仏は阿弥陀如来です。御廟右奥の高台には開山堂があり、念仏と慈興上人および立山権現ご宝号をお唱えしました。
 立山中宮寺からかつての宿坊を経て裏山の急な石段を登ってゆくと、金毘羅大権現の社がありました。


一般の登拝者が登った禅定道(現在のアルペンルート)とは別に、修験者は中宮寺から大日連峰の尾根伝いに立山へと登っていたそうです(廣瀬誠「立山のはなし」)。此処から尾根に取り付いたのでしょうか。白山美濃馬場において、白山の修験者が一般の登拝者が登る禅定道とは別に、白山中宮長瀧寺から毘沙門岳や大日ヶ岳の尾根を登っていたことと、共通しています。
 閻魔堂に参拝して明念坂を下ると、姥堂川に布橋が架かっています。


かつては立山も女人禁制でした。その為、女性は閻魔堂で懺悔の後、この橋を彼岸へと渡り、姥堂で読経念仏して立山を遥拝することで、山頂に登拝するのと同じ功徳がいただけ極楽に往生できる、とする「布橋灌頂」の法要が、毎年秋のお彼岸に行われていたのでした。姥堂に祀られていた姥尊(オンバサマ)は老婆の姿の坐像で、慈興上人の母とも云われています。白山美濃禅定道では、女性が登拝できたのは石徹白の中居神社から尾根を登った美女下平まででしたが、美女下社に祀られていたのはイワナガヒメでした。妹のコノハナノサクヤビメがはかない美の象徴であるのに対し、イワナガヒメは常住不変の象徴でありますが、容姿の醜い女神です。女人結界に祀られていた尊像として、立山の姥尊と共通する信仰があったのかもしれません。
 雄山神社の開山御廟に戻ると、先程は気づきませんでしたが、御廟の前に狛犬(?)のようなクマの像がありました。


慈興上人(佐伯有頼)は少年の時、白鷹を連れて鷹狩りに出かけ、逃げた白鷹を追って立山に登り、現われた熊を射たところ、玉殿窟に胸に矢の刺さった阿弥陀如来が示現し、発心し出家して、一千日の籠山修行の末に立山を開山されたのでした。
 車を上流に走らせ、称名滝に参拝。はるか上から轟々と流れ落ちる滝を拝んでいると、滝の下の川に虹の橋が架かりました。


明日の登拝の成就を祈りました。
 翌朝、称名道路のゲートが開くのを待って6時に称名平駐車場着。大日岳登山道を登ってゆくと、大きなカタツムリに出会いました。急峻な山道を登ってゆき、ゴゼンタチバナやシャクナゲ、ニッコウキスゲなど、一色一香を拝みつつ念仏行道。


南に薬師岳を望みつつ大日平を歩いてゆき、7時半前に不動滝を拝みました。


キヌガサソウ咲く沢筋から大日岳へと登ってゆくと、次第に霧に覆われ、処々残雪の上を歩いて9時前に大日岳登頂。


南から冷たい風が吹いていました。般若心経と大日如来ご真言、立山権現ご宝号をお唱えしました。
 大日岳から中大日を経て奥大日へと縦走。空が明るくなってきました。10時15分に奥大日岳登頂。立山へと行道してゆくと雲が一気に晴れてきて、剱岳と別山がお姿を現わしました。


別山へと続く尾根を縦走。


立山の別山には帝釈天が祀られ、白山の別山は聖観音菩薩が本地仏ですが、その山容はよく似ています。立山と白山には同じような地名がいくつもあり、相互に影響し合ってきたものと思われます。「元亨釈書」に、神融法師(泰澄大師)の弟子の蔵縁という行者のことが書いてあります。常に地蔵菩薩のご宝号を唱えていた蔵縁行者は、白山と立山を修練の場とし、晩年に白山笥笠(白山加賀馬場中宮)に庵を結んだ、とあります。
 やがて、地獄谷の煙の奥に立山頂部と浄土山もお姿を現わし、念仏をお唱えしました。


別山へと登ってゆき振り返ると、奥大日岳の向こうに富山湾と能登半島。


正午すぎに別山登頂、念仏をお唱えしました。西から突風が吹きつけていました。南に立山頂部と浄土山、北に剱岳を遥拝。


右からの凄まじい突風の中、南へと縦走。南西に白山の山かげを拝みました。


 真砂岳から、立山頂部へ。


右から左へ、突風が吹き抜けてゆきます。13時半すぎ、富士ノ折立着。


大汝山へと行道してゆくと、西には室堂平のミクリガ池や奥大日岳・大日岳が見下ろせ、南東には黒部湖の彼方に富士山を遥拝。



突如、目の前に雷鳥が現われました。


富士山と雷鳥に、念仏をお唱えしました。14時、立山最高峰・大汝山登頂。


立山曼荼羅によれば、観音さまが祀られていたようです。白山の大汝峰の本地仏は、阿弥陀如来。般若心経と念仏をお唱えし、突風の中、雄山へと向かいました。


 14時半前に雄山の峰本社に参拝。


此処から室堂までは、さすがに人が多いです。一ノ越から祓堂を経て15時すぎに室堂に下り、雲に覆われた立山頂部に念仏をお唱えしました。


称名道路のゲートは19時に閉まるので、此処からは急ぎ足で下山。室堂平から天狗平へと下り、路傍の観音さまに参拝。


天狗平からさらに木道が湿原を下っており、湿原には「ガキ田」が点在。喉が渇きましたが、止水の水をそのまま飲む気にはなれません。水田のようで食用にはならず、水はあっても飲めず、まさに餓鬼の田です。白山美濃禅定道にある「ウエ田」も、同じ意味なのかもしれません。
 延々と続いていた湿原の木道は突如消え、一ノ谷へと急降下。獅子ヶ鼻岩の窟には弘法大師と不動明王が祀られ、般若心経と念仏をお唱えしました。


一ノ谷の水で喉を潤し、対岸に上がって獅子ヶ鼻岩を振り返りました。弥陀ヶ原より富山平野を遠望し、一心に念仏行道。


17時に追分、17時半に八郎坂下山口通過。旧立山禅定道(アルペンルート)には車道とは別に木道が続いており、土の上を歩きたい気もしないではありませんが、処々に古の石仏がきちんと祀られているのは、現在の白山禅定道が見習うべきことでありましょう。
 八郎坂を下ってゆくと、大日岳の下に称名滝が見下ろせました。


称名滝の響きを聞きつつ念仏行道。坂を下り、18時半に称名平駐車場着。車を発進させると、すぐに雨が降ってきました。無事にゲートを通過。通り雨のようで、芦峅寺雄山神社(中宮寺)に着いた頃には止んでいました。立山開山慈興上人の御廟にて阿弥陀仏の名号、および立山権現・慈興上人ご宝号をお称えし、み仏のお導きを感謝しました。

願以此功徳 平等施一切
同発菩提心 往生安楽国
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝