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中州宿(中須宿)~天狗山登拝

 7月16日、白山美濃馬場・中宮長瀧寺から尾根伝いに続く白山修験の行場「白山十宿」の一つ・中州宿より、尾根上の天狗山に登拝しました。
 4時半に石徹白の中居神社に参拝し、保川沿いの林道へと車を進めました。林道は悪路で、凸凹のゴロ石道を車の腹を擦らぬよう慎重に運転。道の真ん中に生えた草をなぎ倒しつつ上り、路上の落石を降車してどけつつ進むこと一時間。まだ林道途中ですが、車が可哀想ですし、歩いてもさほど変わらない速度なので、車を停めて歩くことにしました。
 6時前に出発、笹の露でたちまち全身ズブ濡れとなりました。滝や芦倉山を見つつ林道を30分程上り、中州宿(しゅく)入口に到着。



尾根を尾上郷側に越え、中州宿跡に参拝しました。古の白山修験の行場です。


中州宿の本地仏は普賢菩薩。普賢菩薩は、阿弥陀仏の極楽浄土に往生しても極楽にとどまることなく、あらゆる世界、あらゆる国土の生きとし生けるものを救う為に行動し、すべてのみ仏を供養するお方です。また、法華経を受持し行ずる者を守護するお方でもあります。白山加賀馬場・笥笠神宮寺で念仏三昧を行じた西因上人の願文(保安2年(1121))にも、「我、普賢の行を修し、無尽の世界に遍くし、諸衆生を引導し、無上菩提を証せん」とあります(「白山上人縁起」)。宿跡にて般若心経、普賢菩薩ご真言、白山上人願文と念仏をお唱えしました。
 中州宿は、芦倉山と天狗山の間の鞍部にあります。残雪期に桧峠から大日ヶ岳~天狗山~芦倉山~丸山~銚子ヶ峰を縦走したことはあり、無雪期(藪期)にも、中州宿から芦倉山には何回か登りましたが、今回は天狗山を目指すことにしました。芦倉山には藪化した踏み跡がありますが、天狗山は完全な藪山。藪の上りはキツいので、谷から登って尾根を下ることにしました。
 中州宿は尾根の近くですが、すぐ脇を水の豊かな沢が流れています。此処は、越前(石徹白)と飛騨(尾上郷)を結ぶ峠道でもありました。沢を東(尾上郷側)へ下ると、南から流れてくる谷に合流します。


小シウド谷です。目印を樹に結び、谷を渡って対岸の斜面の藪を登ってゆくと、藪化した林道(廃道)が現われます。


道を下流に下ってゆけば、やがて現役の林道に至ります。今日は、藪道を上流へ。樹木がはびこっていますが、足の踏み場があるのは助かります。道なりに進んでゆくと、正面(南東)に天狗山から流れる谷筋が見えてきました。


7時半に林道を離れ、谷に入って遡上。


冷たく清らかな沢は、緩やかに南東へと上がっていました。


 やがて流れは尽き、沢から背丈を越す笹藪の尾根を登ってゆくと、8時半に稜線に出て視界が開けました。天狗山のすぐ西のピークです。東に天狗山を遥拝。


大日ヶ岳は霧に隠れていました。西側には尾根が続き、霧の間に石徹白の集落が見えました。


藪の海を漕ぎ、天狗山へと縦走。


笹丈は私の背丈よりは低く、視界は得られますが、灌木もけっこうあります。9時前に天狗山登頂、霧で見えない大日ヶ岳に向かって大日如来ご真言と白山権現ご宝号をお唱えしました。南風が爽やかでした。
 天狗山から西のピークへ戻り、さらに西へ。一旦下って鞍部の笹原を進み、背丈を越える笹藪を登って、ピークから次のピークを確認しつつ行道。


10時に1596m峰着。


此処から先は尾根がいくつにも分かれ、正しい尾根は不明瞭な上、樹々が茂って視界も得られません。周辺の山々も雲を被っていました。北に海上谷の林道が望め、西には石徹白の集落が見下ろせましたが、進行方向は視界不良。



方位磁石を頼りに北北西へと下ってゆきました。
 正しく進めばやがて1408mピークに出、尾根を下って中州宿に着くはずでした。しかし、1408mピークらしき山はいつまでたっても現われず、山腹の藪をトラバースして谷を渡り、隣の尾根へ。尾根の藪を下ってゆくと、尾根の両側に谷が現われ、やがて谷が合流して尾根が途切れ、さらに隣の尾根へ…の繰り返し。


尾根も谷も北側へと下っていましたが、谷は結局合流して一つの谷となっていました。どうやら、正しい尾根より右側(尾上郷側)に下ってしまったようです。どの谷も一つの谷、即ち小シウド谷の支流なのでした。そうだとすれば、この谷を下ってゆけば、中州宿から沢を下って小シウド谷に合流した地点に出るはず。谷をジャブジャブと20分程下ってゆくと、案の定、中州宿から下った時に樹に結んだ目印が現われました。


小シウド谷に掌を合わせ、白山妙理大権現のお導きに感謝しました。
 沢を登り、13時半に中州宿に戻って法要を修し、正身端坐。


明るく静かな山中に響く、樹上の鳥の歌。流れる沢の、絶え間ない音楽。何もかもが、あるがままに落ち着いていました。
「若し菩薩、浄土を得んと欲せば、当に其の心を浄くすべし。其の心の浄きに随って、則ち仏土浄し。」(「維摩経」)
私の如き煩悩も業も苦しみも深い下品の者は、山道を颯爽と駈けめぐるより、誰もいない山中で藪や沢をドロドロになって這いずり回る方が、性に合っているようです。無量無数の煩悩の藪と、無尽の法門の渓水。山に迷い、山に導かれ、山を見出だす。すべては、み仏のお導き、白山権現のお導きに他なりません。山の清浄な心を、日常の中でもできるだけ相続してまいりたいものです。
「汝ら此(娑婆世界)に於いて広く徳本を植え、…正心正意にして、斎戒清浄なること一日一夜すれば、無量寿国(極楽浄土)に在りて、善を為すこと百歳するに勝れり。」(「無量寿経」)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝