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白山美濃禅定道登拝・下

 翌11月7日、カチンコチンに凍った登山靴に足を突っ込み、小便の入った携帯トイレをリュックにぶら下げて6時に出発。大汝社に参拝し、御前峰・剣ヶ峰に掌を合わせ、御嶽・乗鞍・北アルプスの山並を遥拝しました。



翠ヶ池へと下ってゆくと、剣ヶ峰の急斜面から朝日が射してきました。


翠ヶ池に掌を合わせ、般若心経と十一面観音菩薩ご真言を誦しました。風は穏やかで、夜中着ていたセーターもジャンパーも脱ぎました。
 翠ヶ池から紺屋ヶ池を経て御前峰へ。


7時半に御前峰の白山奥宮に参拝し、室堂へと下ってゆきました。


室堂から平瀬道へ進むと人跡もなくなり、雪上には獣の足跡のみ。カンジキを使うほどではありませんが、せっかくですので新調のカンジキを試し履き。


今まで自作のカンジキを使ってきましたが、最近、美濃・板取で手に入れたのは、反りがあり爪も付いてるクロモジのカンジキです。雪上を歩いて8時半に御厨池着。


凍った池の前で観音経を読誦し、しばし坐しました。此処は、石徹白に伝わる「白山絵図」に「みくりやの池」と書かれてあります。「大法師浄蔵伝」によれば、「昔、神融という苦行人が法華経の功力で毒龍悪鬼を御厨池に閉じ籠めた、人が近づけば天地震吼し、四方は暗闇となる」との古老の話を確かめに、天慶2年(939)、白山で夏安居を終えた浄蔵法師が池を訪れています。法師が竹筒に水を汲み護身結界すると、にわかに雷電霹靂し暴風雨となり、毒龍が現われたのでした。神咒を誦しつつ逃げ戻った浄蔵法師は、その水を京に持ち帰り、人々の病を治すのに使ったそうです。浄蔵法師が白山・御厨池の水を汲んだことは「古事談」にも書かれてあります。法師の如く、白山からいただいた恵み・み仏の光明を、苦しみ尽きせぬ下界に少しでも届け、日常に反映してまいりたいものです。


 御厨池から上に登ると、ハイマツの海の向こうに御前峰が見上げられ、南側には別山を遥拝。



ハイマツの上を歩いて展望コースに出、油坂ノ頭へと連なる尾根を一望。


積雪期ならこの尾根を縦走できますが、今はまだ藪、展望コースを南竜ヶ馬場へと下ってゆきました。


赤谷でお水をいただき、油坂の雪を一心に上へ。雪上のバッタ君に掌を合わせました。


 11時に油坂ノ頭に出て御前峰を拝み、御舎利山・別山方面へ縦走してゆきました。



天池、大屏風を経て12時半に別山着。


御前峰・大汝峰の左に、昨日は雲を被っていた七倉山・四塚山が姿を見せていました。


別山社に参拝し、三ノ峰から銚子ヶ峰を経て丸山~芦倉山~大日ヶ岳、さらに毘沙門岳へと蛇行している鳩居行者の尾根を拝みつつ、一心に下ってゆきました。


13時に別山平着、昨日大平壁を白く染めていた雪は、すっかり溶けていました。


三ノ峰にて白山三所権現を遥拝。


14時に水呑権現着、尾上郷の紅葉を見下ろしつつ一ノ峰から銚子ヶ峰へと縦走。


15時すぎに銚子ヶ峰に着き、両脇に南白山と三ノ峰を従えた別山に掌を合わせました。


母御石からは、もう登りはありません。神鳩宿を経て残照の紅葉の中を下ってゆきました。


神鳩宿の祠等に、修験のお寺の方の「奉修行白山禅定入峯」云々と書かれたお札がありました。如何なる修行をしておられるのかは存じませんが、かつての長瀧寺の行人は旧暦4月8日から6月23日まで75日間の入峰修行をしていました(「越前国名蹟考」)。また、白山加賀禅定道・桧新宮での夏衆の勤行は、5月20日頃から8月彼岸まで行われていました(「白山之記」)。一日二日、白山に登っただけの「修行」など、自己満足にすぎない、と己を戒めました。
 17時前に大杉に下り、熊清水をいただいて古木に般若心経を読誦。


無事登拝させていただいたことを白山権現に感謝しました。これからも白山三禅定道登拝を続けると共に、鳩居行者宿巡拝行を地道に続けてまいります。世界の気候も政情も、皆が信じてきたのとは違う方向に動きつつあるようです。願わくは、白山の光明・弥陀の白毫を反映し、己の生活を照らし、世界の一隅を照らさんことを。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝