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初詣2

 正月2日に敬愚上人火定跡から仏岩に参拝した際、途中の山腹から西に毘沙門岳を拝みました。


この毘沙門岳東腹から、昔、大雨による山抜けで長良川を下った(「北濃の史跡と傳承」)と伝わる毘沙門天さまが、約七十キロ下流の私のねぐらの近くにお祀りされています。
 十年以上前から白山に取り憑かれ、美濃や近江の寺と山を転々としていた私が、長良川畔の今のねぐらにやって来たのは、東日本大震災の頃でした。以来、空気の澄んだ日には見える白山の頂をご本尊として日々拝み、それ以前から自分用につけていた山行録を「白山順禮(はくさんじゅんれい)」としてブログにも書くようになりました。「山レコ」の類としてではなく、山との、神仏との一対一の真剣な(愚直な)相見・対話の記録として、世の為・人の為・獣の為に些かなりともお役に立てたら、という思いで公表を始めたのですが、どのように読まれているのかは、心もとないところであります。
 昨秋より、長瀧寺の古の鳩居行者が修行していたと伝わる尾根伝いの十宿のうち、五宿を毎月巡拝することを発願し、登山としてではなく修行として行じております。無雪期は激しい藪、積雪期は厳しい雪の千三百m級の峰々は、野人にはうってつけの修行場、各宿で法要を修し、白山有縁の皆さまの無事息災をお祈り致しております。
 毎回、多和ノ宿では本地・毘沙門天にお参りし、毘沙門岳の藪を登っているわけですが、昨秋発願の後、私のねぐらの近所に、毘沙門岳中腹から室町時代に流されてきたという毘沙門天さまが祀られていることを知ったのでした。白山妙理大権現のお導き・感応道交の有難さを、改めて思い知らされました。
 1月8日、近所の毘沙門天さまに初詣。この辺りにあった遺跡の発掘調査報告書によれば、古代、この辺りは中洲であったそうです。近所を流れる小さな川が、旧河道の名残りなのでしょう。


その後、旧河道は埋没して中世前期には中洲が開発されたようです。そして、寺地の上流側の我がねぐらの辺りは、長良川の氾濫原と考えられるとのこと。地元の郷土誌によれば、室町時代中期以前、長良川が氾濫した際、当地の川原の砂上に毘沙門天さまの像が漂着し、人々が尊んでお祀りしました。白山中宮長瀧寺の「荘厳講執事帳」には、永徳3年(1383)7月、至徳3年(1386)6月、康応元年(1389)6月に大洪水の記録があり、至徳の洪水では金台坊が流失しています。岐阜市の立政寺には、永徳元年(1381)9月の洪水の際に上流から漂着した阿弥陀如来の坐像を祀って建てられたお堂が、翌年立政寺に寄進された時の書状が残っており、上流で流された寺院の仏像が下流で祀られることは、実際にありました。白山連峰・毘沙門岳の中腹から約七十キロ下流へと流され、私のねぐらの辺りの氾濫原から川原の砂上に打ち上げられたという毘沙門天さま。現在の長良川畔に降り、当時の光景を想い、私が当地に来た意味を思いました。


 毘沙門天(多聞天)は、仏教に説かれる六つの生存のあり方(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道)のうち、天上界の最も下位の世界、即ち、須弥山の中腹にある四天王天の、北側の守護神です。須弥山の頂には刀利天(「とう」の字はりっしんべんに刀)があり、帝釈天がいます(立山の別山には帝釈天が祀られており、地獄から阿弥陀仏の浄土に至る立山禅定において、別山は刀利天として信仰されていたのでしょう。)


(立山・別山 2016年7月登拝時)
天界には四天王天、刀利天に始まり、二十八の世界があります。六道を三界(欲界・色界・無色界)と言うこともあり、この場合、四天王天や刀利天は人間界以下の五道と同じく、欲界に入ります。仏教の修行とは六道・三界の尽きることのない苦しみと、その原因である煩悩・業を滅する道であり、六道を超える道として声聞・縁覚・菩薩・仏の道が説かれます。「一超直入如来地」「煩悩即菩提」「生死即涅槃」と、このような細かな分類をあざ笑う方もおられるでしょうが、私のような煩悩の深い者、光まばゆいみ仏を拝んでも実際には悪業の尽きぬ愚鈍な者にとっては、長期的目標はそれとして、先ずは今より一つ上を目指す、ということも意義のあることでしょう。人間界のすぐ上の世界の、恐ろしい形相の毘沙門天さまを拝むとき、己れの弱さへの気づき・戒めと、不退転の思いで仏道を行ずべし、との身近な励ましを感じます。八年ほど前、長瀧寺で毘沙門天さまの画像をいただいたことを思い出し、礼拝して日々のご加護をお祈りしました。
 観音経(法華経観世音菩薩普門品)には、観音さまが相手に応じた姿を示現して私たちを導くことが説かれています。
「応に毘沙門の身を以て得度すべき者には、即ち毘沙門の身を現じて為に法を説く。」
白山妙理権現の本地仏は十一面観音菩薩(別山は聖観音菩薩、大汝峰は阿弥陀如来)。白山権現もまた、観音さまの普門示現のお姿の一つに他なりません。み仏の妙理妙法は、あるいは真っ白な霊峰として十一面観音さまのお姿で、あるいは山上で雲に明滅する阿弥陀さまご来迎のお姿で、あるいは翠ヶ池の無量無数の波に煌めく一つの太陽として、あるいは川の流れを介して毘沙門天さまのお姿で現われて、苦海に漂う私たちに手を差し伸べ、導いてくださっているのです。


(毘沙門岳と白山 2016年12月撮影)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝