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白谷より箭筈山・高賀山登拝

 1月25日朝7時、板取の根道神社から白谷観音堂へと巡拝。


地元の言い伝えによれば、昔、泰澄大師がこの里に来て、山中の石上に坐して修行していたところ、行基菩薩作の十一面観音菩薩像が現われたので、お堂を建てて祀ったとのこと(「白谷観音堂調査報告書」)。般若心経と十一面観音菩薩ご真言、白山権現・行基菩薩・泰澄大師ご宝号をお唱えしました。
 白谷から、根道神社裏の雪の尾根を長靴で登ってゆきました。ちょうど一年前に登っているので、道に迷うことはありません。ただ、昨年より雪は多いようです。途中の小ピークから東にこれから登ってゆく773m峰、北東に箭筈山(やはずやま)(別名タカネ。「濃陽志略」に箭筈山・箭筈嶽とあります。詳しくは、昨年1月の当ブログ「タカネ(箭筈山)・高賀山登拝」をご覧下さい。)、中央奥に高賀山を遥拝。


8時すぎ、てっぺんの平らな巨大な岩の前に出ました。


「濃陽志略」に「高山石、白谷山中に在り、・・・里老云わく、高山上人は養老年中の人也。此に於いて坐禅す。」とある石と思われます。白谷観音堂の縁起では高山上人が「泰澄大師」となっていますが、いずれにしても昔、当地に白山信仰を伝え、白山本地・十一面観音菩薩の像を祀った行者がいたことは間違いありません。
 私は以前から、高賀三山(瓢ヶ岳・今淵ヶ岳・高賀山)の内に何故、箭筈山(タカネ)が含まれていないのか不思議に思っていました。濃尾平野から見ても白山から見ても、高賀の山並が一目で分かるのは高賀山と箭筈山(タカネ)の二山の姿によってでありましょう。最近気付いたのは、「高賀三山」の麓には「高賀六社」があり、それらはいずれも高賀権現本地・虚空蔵菩薩を祀る真言系の寺社であったことです。それに対し、箭筈山(タカネ)の麓にある白谷観音堂(圓教寺)は天台修験の寺でありました。高賀三山は高賀権現(本地虚空蔵菩薩)を祀る山、箭筈山は白山権現(本地十一面観音菩薩)示現の山であったのかもしれません。岩の付近の絶壁から、これから登ってゆく尾根の背後に高賀山や瓢ヶ岳を拝みました。


 9時すぎに773m峰に出、尾根を北上。樹間に、右前方に高賀山、正面に箭筈山を拝みつつ行道。


雪が深くなってきたので、かんじきを履きました。雪上にはカモシカやウサギの足跡。やがて箭筈山への急な登りとなり、10時45分に登頂。


日差しはありますが、北風が冷たいです。白山方面は雪雲の中。蕪山と滝波山を拝みました。


白山に向かって般若心経を読誦。箭筈山から、高賀山との鞍部へと雪上を下ってゆきました。
 鞍部から鉄塔を経て、高賀山西尾根を一心に上へ。正午すぎに山頂手前の巨岩着。岩の庇の下には、風雪が防げる天然の避難所があります。


帰りに一休みすることとして、巨岩の上に登りました。南西には、白谷からグルリと箭筈山へ登って来た尾根、その背後には雪雲に覆われた伊吹山。


南には、濃尾平野を海へと流れゆく長良川や木曽川。巨岩から山頂へと登ってゆきました。


 12時半すぎに高賀山登頂。


凍てつく北風。


白山から両白山地・伊吹山地に沿って続く雪雲。わずかに滝波山と美濃平家岳が拝めました。


白山に向かって観音経読誦。南面し、私のねぐらの辺りを通って大海へと続く長良川を拝みました。


巨岩に戻り、南面した岩の庇の下で一休み。北風も雪も防げ、有難い避難所です。


しばし坐したいところですが、時間も押しているので来た道を下ってゆきました。
 鞍部に下って雪上を登り、14時に箭筈山頂部へ。尾根を南へ下ってゆきました。下りきるとアップダウンのある尾根になり、やがて773m峰への登りに。雪も緩んできて、けっこうキツいです。西の樹間遠くに、白谷の集落。


15時に773m峰着。かんじきを脱ぎ、往路の自分の足跡を辿って下ってゆきました。15時半すぎに高山石着。


岩上に現われたという十一面観音さまに、般若心経を読誦しました。「般若心経」には、観音さまが色受想行識、即ち身も心も、すべて空であると照見されたことが説かれています。永遠不変のものは何一つなく、すべては「空」です。一方、「観音経(法華経観世音菩薩普門品)」には、観音さまが人々を救う為に、ありとあらゆる姿で示現されることが説かれています。相手に応じて自在に一切の色身を現わすというのです。空相・無相であればこそ、無量の相を現わすことができます。無我であればこそ、自在に普門示現することができます。我欲・怒り・愚痴を空じた時、そこに自在な力が作用します。色即是空・空即是色です。
 高賀権現の本地仏である虚空蔵菩薩にも、同じことがいえます。「虚空蔵菩薩の所現の相は一切皆空なるがごとく」(「摩訶止観」)。虚空蔵菩薩が右手に握っている宝剣は、「大空」、一切皆空の智徳を表わしています。一方、虚空蔵菩薩が左手に持つ宝珠は、大日如来の大空三昧の功徳を受け取り、空の中から無量の財宝を雨降らすことを表わしています。虚空蔵菩薩は白山に於いて、別山平の加宝社、越前馬場中宮平泉寺五社(大御前・別山・大己貴・金劔・加宝)の加宝社、加賀禅定道・尾添の加宝宮、美濃禅定道・石徹白の中居神社大宮殿に祀られ、白山権現が勧請された日吉大社の客人宮にも賀宝として祀られていました。「加宝」とは、空の中より無量の財宝を出生することに他なりません。「大空」は無相であればこそ、陽光、星空、雲、風、雨、雪、虹、雷など、無量の相を現出します。大空からこの高山石に降り積もった氷雪は、やがて融けて観音洞を下り、板取川となり長良川となって大海へと流入し、蒸発して再び雲となり、大空を漂い、世界のどこかでまた、大地に降り注ぐことでしょう。水と氷の無量の相は、一切皆空です。空即是色・色即是空です。
 高山石から三角点を経て降下。小ピークから箭筈山と高賀山を仰ぎ、十一面観音菩薩と虚空蔵菩薩、そしてすべてのみ仏に共通する、「一切皆空」の智慧と「現一切色身」の慈悲に掌を合わせました。


16時半すぎに白谷に下り、東に773m峰を遥拝。


白谷観音堂にて般若心経を読誦し、白山妙理大権現に今回の登拝を感謝しました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝