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白山鳩居五宿巡拝行半年

 昨年9月に発願し、10月より毎月二回行じているこの修行、3月14日の行で半年となりました。3月14日は作務衣に長靴、上だけカッパの姿で入峯、雪が緩んでおり、すぐにかんじきを履いて一心に念仏行道。前日が旧暦2月15日、即ちお釈迦さまが涅槃に入られた日。釈尊を本地とするニノ宿にて法要を修し、お釈迦さまの涅槃を想いました。クシナーラーで娑羅双樹の中間に横になられた釈尊に、娑羅双樹の花や曼陀羅華、栴檀香が降り注ぎ、虚空に妓楽が奏でられましたが、お釈迦さまは阿難尊者に、如来はこのようなことで供養されるのではない、法に順って正しく実践することこそ、如来への最上の供養である、と説かれたのでした(「大パリニッバーナ経」)。
 三ノ宿では、本地・阿弥陀如来の名号をお称えし、東日本大震災犠牲者の七回忌、及び、白山を神仏習合の霊地として開かれた泰澄大師の千二百五十周忌(神護景雲元年(767)3月18日、越前・越知山麓の仙窟にて入定遷化)追善供養を修しました。三日前の3月11日、東の空に昇った皓々たる月のあまりの明るさに、思わず覚えた大きな悲しみ。月の中には兎の影。お釈迦さまは前世に兎であった時、自ら身を焼いて帝釈天に供養し、嘆き悲しんだ帝釈天によって月の宮に納められた、といいます。


(2017年3月11日撮影)
三ノ宿から西山との鞍部へ下ろうとすると、雪雲に隠れていた白山三所権現(別山(聖観音菩薩)・御前峰(十一面観音菩薩)の中央に大汝峰(阿弥陀如来))、即ち、阿弥陀三尊がお姿を現わしました。
 西山と毘沙門岳の鞍部にある多和ノ宿跡は半月前(3月1日)よりも雪が深く、案内板も再び新雪の下。積雪は2mはあるでしょう。本地・毘沙門天王に参拝し、毘沙門岳へと雪の尾根を登ってゆきました。凍てつく北西風、白山は再び雲に隠れ、大日ヶ岳は真っ白な頂部を現わしていました。桧峠へ下ってゆく途中、雪上を真っ白な兎が駈けてゆきました。桧峠の泰澄大師像は雪吊りに囲まれ、腰下まで雪に埋まっています。「今方に知る、泰澄和尚は妙理権現本地十一面観音普門示現の声聞形なり」(「泰澄和尚伝記」金沢文庫本奥書)。この行を地道に続けてゆくことこそ、泰澄大師即ち白山妙理大権現への、最上の供養です。国坂ノ宿(国境ノ宿)本地・十一面観音さまに観音経(法華経観世音菩薩普門品)を読誦し、霰の中、旧桧峠からかんじきで禅定道を降下、長瀧寺に戻ったのは、朝出発してから十二時間後でした。
 白山鳩居十宿とは、白山美濃馬場中宮長瀧寺の、古の修験者の行場です。長瀧寺からの白山登拝道である白山美濃禅定道と神鳩宿で合流しますが、それまでは長瀧寺裏の尾根上を進み、禅定道と桧峠で一旦交差してさらに尾根上を進んでゆきます。長瀧寺から神鳩宿までの禅定道と鳩居十宿は、8の字をしています。右下が長瀧寺、左上が神鳩宿、真ん中が桧峠。前谷から桧峠を越えて石徹白に下る禅定道はS字、毘沙門岳から桧峠に下って大日ヶ岳へと登る鳩居峯十宿は逆S字。鳩居十宿の修行は何百年も前に廃れてしまったようですが、長瀧寺の古文書や石徹白の古絵図に宿(行場)の名や本地仏、位置が記され、また、地元の方々によっていくつかの宿の場所が確認されています。
 白山と奥美濃の藪山に取り付かれ、毎年三禅定道登拝を繰り返している私ですが、山でいくら苦楽を味わい、素晴らしい体験をしても、日常に戻れば、相も変わらず悪業の尽きぬ愚か者にすぎません。今のまま登拝を繰り返したところで、登山の技術や勘は身についても、人間的には何も変わらないでしょう・・・。そのような思いもあり、下劣愚鈍な今の自分にできること・自分にこそできることとして発願したのが、この行です。ドライブウェイや登山道が整備された山を颯爽と駈け巡るのではなく、激しい藪・厳しい雪を這いずりまわる行。「二十年の中に於て常に糞を除はしむ」(「法華経」信解品)。今までの自分の登山スタイルを行の間は捨て、ケータイ・食料・リュック・帽子・登山靴等を一切放下し、作務衣に白足袋(冬は長靴)で食わず座らず撮らず、念仏と呼吸と歩調を合わせて一心に三昧を行じ、五宿の本地仏を巡拝する。五宿目までとしたのは、8の字の下半分、長瀧寺から桧峠の少し先の国坂ノ宿まで五宿を巡拝して旧桧峠から禅定道を下れば、長瀧寺に戻ることができるからです。また、無雪期は激しい藪、冬は厳しい雪のこの尾根を日帰りで巡拝するには、五宿目までが限度と思われるからです。実際、天候や藪・雪の状態、体調により、早くて九時間半、遅い時は十二時間かかっています。藪に眼鏡が跳び、頭陀袋の紐がちぎれたこともあります。西山から毘沙門岳の間の藪は、密生する太く煤だらけの笹。雨の日は下着まで真っ黒になります。白足袋は毎回真っ黒です。積雪期の厳しさは、特に新雪では一歩ごとに足が取られて時間がかかり、また、千三百m以上の峰々を縦走する山上では、寒さが身にこたえます。1月17日は、深い処で腰上まで沈む雪に苦しみ、普段なら二時間程で着くニノ宿まで六時間以上かかって辿り着き、雪の谷を下って十一時間半で長瀧寺に下山しました。


(2017年1月17日、入峯前の長瀧寺門前)
体が冷えきり、カイロや温かいパーカーを使いたい・・・と切実に思うこともあります。しかし、それでは修行になりませんので、作務衣の上には雨具としてのカッパのみで行じています。
 行中は、天台智者大師の「摩訶止観」に説かれる四種三昧のうちの「常行三昧」の応用実践として、常に念仏(または菩薩のご真言)と呼吸と歩調を合わせ、一心に行道しています。これは、普段、白山等に登拝する時にも行っていることでありますが、普段の登拝では食事や休憩、写真撮影などで三昧が途切れます。修行中は、そのような余計な事は一切捨て、食わず・座らず・撮らず、一心に行道して白山の諸尊を但行礼拝しています。
 また、この行はお釈迦さまの説かれた「八正道」の「正精進」「正念(気づき)」「正定(三昧)」の実践でもあります。半月ごとのこの行によって己れを見つめ直して「正見」「正思」し、日常生活の中で「正語」「正業(行い)」「正命(生活)」を実践してゆくこと。そこに、私の如き下根愚劣な者にとっての修行の意義があるのだ、と思います。お釈迦さまが生前に繰り返し説かれた「八正道」など三十七道品の教えは、けっして声聞(小乗)だけの教えではなく、「華厳経」にも「阿弥陀経」にも「法華経」にも説かれる、声聞にも菩薩にも行じられる「中道」です。
「初心に道を行ずるには、三十七品をもって止観を調養し、四種三昧をもって菩薩の位に入る」(「摩訶止観」)。
これからも、精進してまいります。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝