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筑前肥前白山順礼1/浮嶽

 「西因は本是れ肥前国松浦郡の人也。歳十有四、出家して道を求め、本郷を離れて台山に登り、登壇受戒す。其の後、年年歳歳、在在處處、難行苦行して休息あることなし。」(藤原敦光「白山上人縁記」、原漢文)

白山で43年の久修練行の後、保安2年(1121)に加賀の白山七社の一つ・笥笠中宮(けがさちゅうぐう)の神宮寺に金色の阿弥陀如来像を祀り、昼夜不断の念仏三昧を発願し行じられた、西因上人。上人の故郷である肥前国松浦郡から筑前国糸島郡にかけての玄界灘沿岸一帯は、白山妙理大権現を祀った山や寺社が意外に多い地域であります。
 7月17日朝、博多の聖福寺に参拝。建久6年(1195)に栄西禅師が源頼朝よりこの地を賜って建立した、日本初の禅宗寺院です。「扶桑最初禅窟」の額を掲げた山門から、釈迦・弥勒・弥陀の三尊を祀った大雄宝殿へと向かうと、大雄宝殿の左手前に白山妙理大権現が祀られていました。



ご宝前にて般若心経と白山権現ご真言・ご宝号、泰澄大師および千光祖師(栄西禅師)ご宝号をお唱えしました。聖福寺は、江戸時代後期に禅画で知られる仙和尚が住した寺でもあります。仙和尚の故郷・美濃国武儀郡高野村の北には、泰澄大師が牛頭天王を祀った天王山禅定寺(大矢田神社)・泰澄大師が大碓命を祀った武芸八幡宮(大聖寺)が鎮座し、仙和尚が子供の頃に画才を見出だされたという汾陽寺の裏山辺りからは、冬になると真っ白に輝く白山三所権現(御前峰・別山・大汝峰)を拝むことができます。


(2016年3月撮影)
 筑肥線直通の地下鉄に乗り、西へ。車窓から今津湾の向こうに、毘沙門山が見えました。毘沙門山麓の誓願寺は、安元元年(1175)に葉上僧正(栄西禅師)が落慶法要を勤めた寺です。僧正は文治3年(1187)の二度目の入宋までの間、此処を拠点に活動されていました。誓願寺には呉越国王・銭弘俶が八万四千造立を発願して各国に贈った、顕徳2年(955)銘の宝篋印塔が伝来しており、また、白山妙理大権現も祀られています。
 福吉駅で海水浴客と共に降車、駅から南西に歩を進めて浮嶽(うきだけ)・白木峠・十坊山を遥拝。


車道との突き当たりに、白山宮が鎮座していました。


神亀2年(725)に勧請されたとのこと。白山権現に参拝し、後ろに海、前に浮嶽を望みつつ浮嶽神社へと登ってゆきました。12時15分に浮嶽神社(中宮)着、久安寺跡・中宮と巡拝。



浮嶽は神功皇后が征韓の前に戦勝祈願をした処と伝わり、聖武天皇の天平年間(729~749)、清賀上人が怡土七ヶ寺の一つとして久安寺を建立、浮嶽白山妙理大権現として本地阿弥陀如来・釈迦如来・観音菩薩が祀られていたそうです(「糸島郡誌」)。清賀上人が開いたと伝わる寺院は、この地方には他にも多くあるようです。白山を開いた泰澄大師が「越の大徳」と呼ばれていたように、清賀上人も当地の大徳であったのでしょう。久安寺は豊臣秀吉の九州攻め(天正14年(1586)~15年(1587))の際に兵火に罹り、燼滅してしまいました。白山三所権現の本地仏は本来、十一面観音菩薩・聖観音菩薩・阿弥陀如来であり、浮嶽白山権現の本地仏は彦山修験の影響を受けているようです。久安寺跡にて般若心経と浮嶽白山権現ご真言・ご宝号、清賀上人ご宝号をお唱えしました。お堂の傍らには大乗妙典全部一字一石供養塔。法華経全文を一字ずつ書写した石が埋納されたのでしょう。
 中宮を12時半頃出発、南へ、胡麻田から原川沿いに歩を進め、藪の尾根を登ってゆきました。


藪中に踏み跡らしきもの(古道?獣道?)はあるものの、風が通らず、蒸して凄まじい暑さです。廃道を横切り車道を横切って、急峻な藪を上へ。尾根には大きな岩があり、石碑(?)らしきものもあり、ヘビも多いです。



13時45分、汗ダクで藪からようやく稜線に出ると、白木峠からの山道がありました。14時すぎに浮嶽登頂。



山頂に浮嶽神社上宮が鎮座、ご宝前にて般若心経と浮嶽白山権現ご真言・ご宝号、泰澄大師・清賀上人ご宝号をお唱えしました。山頂から北西側に海が見下ろせ、歩いてきた福吉駅の向こうに姫島や神集島、さらに彼方に横たう壱岐島を遥拝。


清賀上人はインドから渡来したとも伝えられ、この海を渡ってきたのかもしれません。
 一時間に一本の電車が福吉駅に来るまで、あと一時間半。下りは藪ではなく、白木峠への山道を駈け下りました。15時に白木峠着、中村方面への林道を北へ一心に走り下り、原から中村へ。前は海、後ろは山。



白山宮に掌を合わせ、全身汗まみれで福吉駅着、ギリギリ間に合った電車に乗ると、冷房の涼しさが天国のようでした。車窓から唐津湾を望みつつ、電車は肥前国松浦郡に入りました。筑肥線、松浦鉄道と乗り継いで、日本最西端の駅・たびら平戸口駅着。


バスで平戸島へ渡りました。
 白山から遠く離れた西海の地に祀られている、白山妙理大権現。そこには、雪山の神・水源や水分りの神としての信仰だけではなく、航海時に正しい方角を示してくださる神としての信仰が感じられます。「仏説十一面観世音菩薩随願即得陀羅尼経」に、

「若し男女有りて、此の呪を誦すること一遍すれば、十悪五逆の一切の罪障は、皆悉く消滅し、諸の病苦を除き、諸の怖畏を離れ、生死の海を超えて涅槃の岸に到らん。」

生きとし生けるものと共に生死の苦海を超えて、涅槃の岸に到ること。それこそが、泰澄大師・清賀上人・西因上人・栄西禅師が等しく白山妙理大権現、即ち十一面観音菩薩に祈り、願ってきたことでありましょう。

西因上人の願文に、

「若し白山の名を聞く善悪諸衆生、生死に流転せば、我れ即ち成仏せじ。若し此の善に結縁する遠近諸衆生、極楽に坐せずんば、我れ即ち往生せじ。・・・嗟乎、十悪五逆は風前の塵、妄想顛倒は空中の花。弥陀の白毫一たび照らさば、煩悩の黒業悉く除かれん。然れば即ち、誰か観音の金台に登らざらんや。なんぞ安養の宝池に詣でざらんや。若し一人も往生せざれば、我れ誓って正覚を成ぜじ。」
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝