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尾上郷~カウハシ宿徘徊

 毎年真夏になると行きたくなる白山麓の秘境、飛騨・尾上郷。今年も長大な林道を歩き、藪と沢を徘徊してきました。
 8月13日朝5時、御母衣湖畔のゲート前に車を停めて、尾上郷川沿いの林道を行道。


御母衣ダムの建設によって湖底に沈んだ御母衣の集落は、白山を開山された越前の泰澄大師がこの地に忘れていった衣を、大師の母が取りに来たと伝わる処です。また、尾上郷の名は、尾上郷川(男神川)の源流である別山(四海波嶽)が男神を祀る山であることに由来するようです(「斐太後風土記」)。今から千三百年前の養老元年(717)、泰澄大師が白山を開山された際、山麓の林泉(平泉寺の御手洗池)に現われた女神姿の伊弉諾尊(伊弉冊尊ではなく!)が大師を白山天嶺へといざない、緑碧池にて本地・十一面観音菩薩の玉体を示現されました。さらに、この白山妙理大権現の左手(向かって右)の別山には、聖観音菩薩が弓矢を持った宰官の姿で小白山別山大行事権現として現われ、右手(向かって左)の大汝峰には、阿弥陀如来が老翁の姿で太己貴命として現われたのでした(「泰澄和尚伝記」)。白山妙理大権現は男女を超越していますが、別山大行事権現は確かに男神です。今は無人の秘境である尾上郷と御母衣は、白山信仰と深い関わりのあった地なのでした。
 ゲートから歩き始めて30分、馬頭観音さまに参拝。


お供えがしてあるのは、かつて尾上郷に住んでおられた人々の子孫の方々が供養しておられるのでしょう。大黒谷やコブ谷の橋を渡って歩を進め、やがて大シウド谷沿いに出ました。


7時に大日谷出合の橋を渡ると、日が差してきました。小シウド谷出合を経て、さらに大シウド谷沿いに登ってゆきました。
 林道は一旦、谷を離れて北側へ迂回。三年前(2014年)の9月、この辺りで行き帰りにクマさんとお会いしましたが、今日はおサルさんが座っていました。


私を見ても騒ぎもせず、静かに道を空けてくれました。別山は雲に隠れて見えず。次第に藪化してゆく林道を辿り、8時すぎに大シウド谷に架かる橋に着きました。三年前は、此処から谷を遡って丸山に登ったのでした。今日の目的地は、白山美濃馬場・長瀧寺の古の修験の行場「白山鳩居峯十宿」の第九宿目、カウハシ宿(カウ橋宿、かうはせの宿)です。カウハシ宿の跡は不明ですが、石徹白に伝わる白山絵図には、芦倉山と丸山の間、「三十丁斗ひだかた也」とあります(上村俊邦「白山修験の行者道」)。
 橋を渡り、藪の尾根に突入。密生した藪ではないものの、尾根上は大木や、豪雪に鍛えられた灌木が枝を広げており、まっすぐ進めません。眼鏡も跳びます(眼鏡ストラップを着けているので大丈夫ですが)。一心に藪漕ぎしてゆくと、9時15分、横倒しになりながらも数本の幹を林立させる杉の大木が現われました。


この不思議な杉とは、四年ぶりの再会です。幹上に坐し、般若心経と白山権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。この大木は、かつての白山行者たちのことをご存知かもしれません。
 尾根を西へと登ってゆくと、大木・灌木に笹やツルも混じり、一苦労。北西に丸山が見上げられ、北側の別山は雲の中でした。


11時すぎ、1625mピーク着。ピークを越えると、涼しい風。南から南西の樹間に、芦倉山が拝めました。


芦倉山の向かって右の高いピークは、芦倉山と丸山の間にある約1670mのヤセ尾根。芦倉山の向かって左の小ピークは、1670mヤセ尾根の南東の1652mピークです。芦倉山と丸山の間のヤセ尾根からは、北東に今いる1625mピークの尾根、南東に1652mピークの尾根がK字形に派生しており、ヤセ尾根と両ピークの間には、それぞれに平坦な鞍部があります(藪ですが)。


カウハシ宿は、この辺りのどこかにあったようです。北西に丸山を見上げ、般若心経とカウハシ宿本地・文殊菩薩ご真言をお唱えしました。


 芦倉山・丸山間のヤセ尾根は、今年(2017年)4月に桧峠から残雪の鳩居峯を大日ヶ岳~天狗山~芦倉山~丸山~銚子ヶ峰と縦走した際に歩きました。


(芦倉山より北に丸山を望む。中央左奥に丸山。中央右奥に1670mヤセ尾根、その右に南東1652mピークへの稜線が続き、稜線越しに北東1625mピークへの稜線。)
今日は北東1625mピークとの鞍部からヤセ尾根直下をトラバースして、南へ。ヤセ尾根と南東1652mピーク間の鞍部につながっており、途中には両ピークの間を東流する谷があります。


水はありません。昨年(2016年)、小シウド谷から1652mピーク経由で1670mヤセ尾根に登拝した際に登った谷です。谷を渡って平坦な鞍部へ。


すでに正午、下りは藪の尾根ではなく、大シウド谷の源流の一つであるこの谷を東へ下ってゆくことにしました。
 少し下ると、水が流れ始めました。


冷たいお水で洗面し、喉を潤しました。「白山絵図」によれば、鳩居峯八宿目の中州宿が「八丁斗ひがかた」であるのに対し、かうはせの宿は「三十丁斗ひだかた」と、鳩居峯の尾根からかなり離れています。(この「三十丁斗」がどのくらいの距離を指すかは不明ですが、「八丁」飛騨かたの中須宿(中州宿)は尾根から60mほど飛騨側なので、「三十丁」は225mくらいでしょう。)何故だろう、と今まで思っていましたが、宿(行場)の位置は水場の位置と関係があるのではないでしょうか。実際、現存する一ノ宿・国坂宿(国境之宿)・神鳩宿、地元の方々によって発見された多和ノ宿・中須宿は、いずれも鳩居峯の稜線上にはなく、谷を少し下れば水が得られる処に祀られています。藪中を蛇行する沢を、文殊菩薩ご真言に呼吸と歩調を合わせてジャブジャブ下ってゆきました。



 二時間ほど沢を下ってゆくと、次第に滝が多くなってきました。14時、とうとう、大きめの滝が現われました。


こんな処まで登りに来る人間はいないとみえて、ロープはありません。滑落すれば、さすがにお陀仏です。沢を少し登り直し、左岸の急斜面に取り付いて藪の尾根へと登ってゆきました。尾根上に出、分岐する尾根を徘徊しつつ東へ下ってゆくと、15時前、完全に藪化した林道に出ました


尾上郷にはよくある光景です。林道を北へ進んでゆくと次第に藪が薄れ、やがて無事に大シウド谷の橋に戻りました。


先程下ってきた谷とは、此処よりも下流で合流しています。谷の上に西日を見上げ、カウハシ宿本地・文殊菩薩に感謝しました。
 林道を下ってゆくと、北に雲を被った南白山が拝めました。


別山は相変わらず雲隠れ。北面して観音経を読誦しました。16時半すぎ、大シウド谷と大日谷の出合通過。


大日谷・アマゴ谷・小シウド谷・大シウド谷の水が、此処で合流しています。大日宿本地・大日如来、中須宿本地・普賢菩薩、カウハシ宿本地・文殊菩薩ご真言をお唱えしました。水はさらに下って、別山を源流とする尾上郷川と合流し、庄川となって日本海へと流入してゆくのでした。


 恐竜でも棲んでいそうな森の中を、一心に念仏行道。


藪登りと沢下りでさすがに体が疲れ、往路ほどのスピードは出ません。が、心は軽やかです。やがて下流に尾神橋が見え、振り返ると、西の空が暮れてきました。



19時に御母衣湖畔に戻り、白山権現と泰澄大師に感謝しました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝