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加賀・白山中宮三社~高倉山順礼2

 佐羅宮からさらに手取川沿いに北へ。11時、不老橋より渓谷を見下ろしました。


吉野神社、願慶寺を経て石風呂川を渡り、11時半、巨大なご仏飯の如き御仏供杉(おぼけすぎ)に参拝。


中国・元での十一年の修行を終え、朝鮮半島経由で加賀・宮腰に帰国した大智禅師は、翌正中2年(1325)、当地吉野の山中に祇陀寺を開山されました。御仏供杉は、禅師が元徳2年(1330)に郷里・肥後の菊池氏の請を入れて当地を去る際、杖を逆さに挿したものと言い伝えられています。曹洞宗の坐禅会などでよく読まれる「大智禅師発願文」に、
「今身より仏身に至るまで、其の中間に於て、生生世世出生入死、仏法を離れず。在在處處、広く衆生を度して疲厭を生ぜず。」
とあります。西因上人の願文にも
「我れ普賢の行を修して無尽の世界に遍くし、諸衆生を引導して無上の菩提を證せん。」
とあり、共に、生まれ変わり死に変わりみ仏の教えを学び続け、至る処に赴いて苦しむ人々を救い続けよう、と誓われています。


大智禅師の坐像の前にて般若心経と大智禅師発願文をお唱えし、禅師の行願の尊さを念いました。
 正午、手取川に架かる黄門橋から、高倉山の背後に白山の山並が拝めました。


山頂部には、四塚山の左に大汝峰。別宮(べっくう)へと歩を進めると、此処も祭礼なのでしょう、大きな幟が立っていました。


別宮の本地は白山三所権現(十一面観音菩薩・聖観音菩薩・阿弥陀如来)。観音経と三所権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。


別宮のすぐ下を流れる川を遡り、鳥越城跡へ。


加賀一向一揆の拠点として築かれ、天正8年(1580)、織田信長の家臣・柴田勝家により落城した城です。標高312mの山上にある本丸跡からは、北側に白山本宮方面が望めました。



 笥笠中宮は戦国時代前期にすでに衰退していましたが、白山本宮(白山寺)も加賀一向一揆の勢力に押され、天文6年(1537)には白山長吏の弟・平等坊が越前に亡命せざるを得ない状況でした(「白山比メ神社略史」)。天正8年(1580)、柴田勝家が鳥越城を攻め落とし、約百年続いた加賀一向一揆をほぼ制圧、同年、信長は白山大汝峰頂上に大汝社を再建しています(「白山比メ神社略史」)。白山三所権現の一つ・大汝峰の本地は阿弥陀如来、大汝峰は三所権現のうち、加賀禅定道側からは最も目立つお山です。また、平安時代後期に念仏三昧を修した笥笠神宮寺の西因上人の影響もあるのでしょう、阿弥陀如来への信仰心が元々強かった加賀馬場には戦国時代に浄土真宗の教えが急速に広まり、かつての中宮の神人・宗徒たちはあるいは退去し、あるいは真宗門徒に転じていったそうです(「吉野谷村史」)。鳥越城跡から南東へ続く尾根を下り、13時、トンネル上の峠のお地蔵さまに掌を合わせ、戦国の争乱で亡くなられた人々の菩提を弔いました。


 復路は、手取川右岸の自転車・歩行者専用道「手取キャニオンロード」を行道。正面に高倉山が聳え立ち、その後ろに四塚山や大汝峰を遥拝。


14時前に綿ヶ滝に参拝、三つの滝に白山三所権現を拝みました。


佐良橋を渡って吉野谷の公民館で一休み。15時に出発し、木滑神社の手前から手取川を離れ、高倉山林道を登ってゆきました。
 鈴を付け、落ちていた樹の枝を杖に、一心に念仏行道。一時間ほど登ると、北西に歩いてきた佐良・吉野・別宮方面が見下ろせ、彼方には日本海。


山頂への山道に入り、16時半すぎに高倉山に登頂しました。東には中宮山・大瓢箪山・大笠山。


西には夕焼けの日本海。


日暮れがせまってきたので、尾根沿いの林道を一心に南東へ。路上にはたくさんのウンコが転がっていました。


何故だろう?と思いつつ歩いてゆくと、現われたのはお猿さんの群れでした。私を見て、騒ぐでもなく樹上に逃げてゆきました。至る処に猿、猿、猿。


大智禅師は晩年に肥前・島原半島南端の加津佐に円通寺を開き、岩戸山で坐禅をしていたそうですが、ある日、溺れかけていた子猿の命を助け、子猿は禅師になついて山芋を持ってきたり、一緒に坐禅するようになったそうです。子猿が落石で命を落とすと、禅師はお墓を建てて供養したとのこと。
 林道は標高千mほどまで上がって、ようやく下りに。南東に雲を被った白山を遥拝し、宝篋印陀羅尼を誦しました。「宝篋印陀羅尼経」に、
「若し人、高山峰上に住在して、至心に呪を誦すらば、眼根の及ぶ所の遠近の世界、山谷・林野・江湖・河海、其の中に有る所の毛羽鱗甲の一切生類、惑障を碎破し無明を覚悟して、本有の三種の仏性を顕現し、畢竟して大涅槃の中に安處せん。」

陀羅尼を誦しているうちに、雲の上に四塚山など白山頂部のお姿が現われてきました。


白山権現のお導きを感謝し、投地礼。林道を下ってゆくとすでに18時をすぎ、暗くなってきました。眼下に中宮の集落。



杖で音を立てつつ一心に駈け下り、18時半すぎに無事下山。370円で入れる新中宮温泉は平日は19時まで、ギリギリ間に合いました。疲れを癒し、白山妙理大権現と、かつてこの集落内にあったという笥笠神宮寺・西因上人のご加護に感謝しました
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝