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白山鳩居峯五宿巡拝行一年目反省・上

 10月1日、鳩居峯五宿巡拝。引き締まった空気の中、一ノ宿の上と二ノ宿への下りで樹間に白山三所権現を遥拝。次第に曇ってきて、三ノ宿に着いた頃には別山から奥は雲を被っていました。昨年10月より毎月二回の行を始めて丸一年。西山から毘沙門岳の笹藪は、一年前の苦が今は苦でなくなっているのを感じます。山上の樹々は枝先が色づいてきました。前谷を下って千城ヶ滝、御坊主ヶ洞と巡拝し、十時間半弱で長瀧寺に戻りました。
 都心のスモッグの彼方に時折見える富士山を除いて、見渡す限り山のない東京湾奥の街で育ち、東京でマンション暮らしをしていた私が、何もかも捨てて(捨てられて)、スクーターに乗って美濃国にやって来たのは十年以上前のことでした。そして、真っ白く、限りなく両翼を広げた美しい山のお姿に取りつかれ、奥美濃・奥越の山々からその山を遥拝し、千年以上前に越前・加賀・美濃に開かれたという三禅定道を、毎年登拝してきました。


(滝波山より拝む白山、2015年3月)
 白山美濃禅定道の拠点・白山中宮長瀧寺からは、禅定道とは別に、尾根伝いに古の修験者の行場があったと伝わり、そのいくつかは現存し、いくつかは地元の方々によって発見され、いくつかは藪に埋もれたままです。白山鳩居峯と呼ばれるこの尾根伝いの十の行場(十宿)にも、藪を掻き分け沢を遡り、折々に参拝してきました。しかし、白山の登拝・遥拝を繰り返し、山上では素晴らしい(時には恐ろしい)体験をし、また藪山・雪山での勘や技術は身についても、山を降りれば相も変わらず煩悩・業・苦しみは尽きることなく、人間的には何年経っても、半人前腰抜け太郎なのでした。
 昨年(2016年)9月、この古の行場、冬は深い雪に埋もれ、無雪期は厳しい藪に覆われたこの鳩居峯を巡拝することこそ、奥美濃の藪と白山の雪に鍛えられ、比叡山で学んだ僧のはしくれである自分にできること・自分にしかやれない行であろう、と気づきました。そして、長瀧寺に日帰りで戻れるよう、千三百m以上の峰々を縦走する五宿目(国坂宿)までを巡拝して、旧桧峠から古の禅定道を下る約十時間のルートを、10月より毎月二回、作務衣に白地下足袋(冬は長靴)姿で食わず・座らず・撮らず、一心に行道巡拝してきて丸一年。白山権現のご加護を感謝すると共に、一年目の行を見つめ直し、今後につないでゆきたいと思います。

一、発心
 弟子順昭、白山鳩居峯五宿を毎月登拝せんことを発願す。
 願わくは、名利の眷属に纏われて破敗の菩薩となることなからんことを。
 願わくは、白山権現に順って一心に三昧を行じ、煩悩・業・報いの三障を法身・般若・解脱の三徳に転ぜんことを。
 願わくは、白山の光明・弥陀の白毫を反映して己れの生活を照らし、生生世世に菩薩の行を修して、世界の一隅を照らさんことを。

 昨年9月、国坂宿の本地・十一面観音さま(即ち白山妙理大権現)の御前で誓った、願文です。行にあたって私が鑑としているのは、保安2年(1121)6月1日、白山加賀馬場・笥笠中宮の神宮寺に阿弥陀如来の像を祀り、昼夜不断の念仏三昧を行じられた西因上人と、大永・享禄の頃(1521~1531)、6月1日に御坊主ヶ洞にて焼身供養を行じられた、長瀧寺の敬愚比丘です。普賢菩薩の行願に生きた西因上人と、薬王菩薩の行を修せられた敬愚比丘。お二人とも命を懸けて仏道を行じられた大先達であり、その行願は、白山信仰の白眉です。


(中宮の集落(かつての笥笠中宮境内)、2017年9月)


(御坊主ヶ洞、2017年7月)

 また、半月ごとの行の前夜には、梵網経の十重四十八軽戒を読誦しています。巡拝中は息と歩調に合わせて一心に阿弥陀仏の名号を念じ、三昧(歩く禅定)を行じていますが、持戒と禅定によって智慧に至るのが仏道です。戒(尸羅、シーラ)によって己れを省みることなしに、只やみくもに「なりきる」だけでは、「なりきって人を殺しました」「なりきって泥棒しました」「なりきって○○しました」なんてことになりかねません。半月ごとに戒を誦すことはみ仏の教えであり、読誦しなければ、戒は永久に私の身につかないでしょう。
 長瀧寺の大講堂の前には、豪潮律師が文政4年(1833)に起てた宝篋印塔があり、入峯前に礼拝し、宝篋印陀羅尼を誦しています。


(2017年6月参拝時)
律師が発願され、九州や尾張・知多郡を中心に各地に起てた、八万四千塔の一つです。宝篋印塔は、一切の如来の全身舎利とされる「宝篋印陀羅尼」を納めた塔で、この塔を礼拝供養することは即ち、一切諸仏を礼拝供養することに他なりません。
「若し応に阿鼻地獄に堕すべきこと有らんに、若し此の塔に於いて、或いは一たび礼拝し、或いは一たび右遶せば、地獄の門は塞がれ、菩提の路は開かれん。」(「宝篋印陀羅尼経」)
五宿巡拝行は、この塔を大きく右遶行道する行でもあります。
 何の為に斯様な行をするのか、それは、願文にある通りです。行中、白山のお姿に三所権現(十一面観音菩薩・聖観音菩薩・阿弥陀如来)を拝み(鳩居峯から拝む白山は、別山(聖観音菩薩)と御前峰(十一面観音菩薩)の間に大汝峰(阿弥陀如来)が頭を出す阿弥陀三尊です)、


(西山より、2010年4月)
各宿に本地仏(一ノ宿本地・不動明王、二ノ宿本地・釈迦如来、三ノ宿本地・阿弥陀如来、多和ノ宿本地・毘沙門天、国坂宿本地・十一面観音菩薩)、さらに峠のお地蔵さまや泰澄大師像、動物や昆虫や花を拝み、お水をお供えし、読経し供養しておりますが、一仏を拝むことは一切諸仏を拝むことであり、一切諸仏を拝むことは一仏を拝むことであります。そして私たち一切衆生もまた、未来の仏です。白山有縁の一切衆生の超生死海・到涅槃岸を祈りつつ、これからも但行礼拝してまいりたいと思います。

いそのかみふるの古道しかすがにみ草のみして行く人なしに(良寛)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝