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白山鳩居峯五宿巡拝行一年目反省・下

二、修行

秋(10~12月)
 藪の尾根を、間違いに気付いては正道に戻りつつ行道。大きな古株や倒木、ヌタ場は、よい目印になります。山中にはシカやカモシカ。一ノ宿に湯呑みを奉納し、長瀧寺の千蛇ヶ清水を毎回お供えし始めました。晴れた日は一ノ宿の少し上、


二ノ宿への下り、


三ノ宿三角点付近、


(いずれも2016年9月登拝時)
西山手前のピーク、毘沙門岳からの下りより拝める白山三所権現。西山~毘沙門岳の足の踏み場もない物干し竿の如き笹藪が、この時期の醍醐味です。11月になると雨の日は体が冷え、寒さと飢えを受け容れつつ一心に行道。12月からは白地下足袋を長靴に、作務衣も冬ものに衣更え。12月中旬からは、藪上に雪が積もってきました。

冬(1~3月)
 1月初めは雪が少なく、腰に提げたかんじきも出番はありませんでした。1月中旬に一気に雪が降り積もり、1月17日はかんじきを履いても膝まで、急斜面では胸までの積雪をラッセル。越美国境は吹雪で、いつもなら二時間程で着く二ノ宿まで六時間かかり、二ノ宿から美濃側へ谷を下山、半死半生で長瀧寺に戻れたのは、入峯の十一時間半後でした。


(2017年1月17日入峯前の長瀧寺参道)
 2月初めは好天で無事巡拝、中旬はけっこう雪深く、多和ノ宿から蓮原川を干田野へ下りました。寒さに、温かいパーカーを着たい、と何度も思いましたが、そんなことでは命がけの行とは言えぬ、と、作務衣の上には雨具としてのカッパのみで通しました。無雪期は二~三mの笹藪が繁茂する西山~毘沙門岳が一番苦しい(楽しい)処ですが、積雪期は藪は雪の下に埋もれ、一番キツいのは、三ノ宿と西山の鞍部から雪の深い作業道の上を、かんじきで延々と歩くことでした。3月中旬には、入峯してから長瀧寺に戻るまで十二時間かかりました。山中ではイノシシやウサギに会いました。

春(4~6月)
 雪は引き締まり、晴れた日は真っ白に輝く白山を拝みつつ、雪上を長靴でサクサクと歩ける時期です。一ノ宿の湯呑みは中の氷が膨張して割れてしまい、新たに障害者施設で作った湯呑みを奉納しました。5月初めに作務衣を衣更え、中旬からは、半年ぶりの白地下足袋で入峯しました。苦もなく楽もなく、一心に行道。行を始めた頃、禅定道を下った前谷でいつも私に吠えていた犬が、私を見ても吠えなくなりました。日も永くなってきたので、下りに長瀧寺へまっすぐ戻らず、悲願寺から長良川を渡って千城ヶ滝に参拝、鉄塔から大日ヶ岳と仏岩を拝み、敬愚比丘火定の地・御坊主ヶ洞に参拝してから長瀧寺に下るようになりました。カナヘビや蝶、シカ、カモシカ、イワウチワ・タムシバ・コアジサイなど季節の花々に掌を合わせました。

夏(7~9月)
 真夏の藪漕ぎの厳しさを覚悟していたものの、天候不順で降ったり止んだりの日が多く、暑さと渇きに苦しむことはありませんでした。しかし、雨と藪の露で肌着(襦袢)まで煤色に染まり、展望の得られぬ日は、藪の尾根で進路を誤ることもしばしばでした。三ノ宿までの尾根は、曇っていてもさすがに迷うことはなくなりましたが、西山からの二~三mの足の踏み場もない笹藪の下りは、今だに間違えやすいです。藪で頭陀袋はズダズダになり、毎回真っ黒けになる白地下足袋も、破けて半年とは持ちませんでした。
 桧峠の泰澄大師像は、冬は雪吊りに囲まれ、無雪期はゴルフ場の看板の後ろに隠されてしまい、白山開山千三百年の主役のはずなのに、ソッチノケでありました。半月毎の巡拝時に大師像の前を通っているので、泰澄大師に障害者施設で作った湯呑みを奉納し、毎回お水を替えるようになりました。


(2017年7月)
また、御坊主ヶ洞の湯呑みが以前から欠けたままだったので、新たな湯呑みを奉納し、敬愚比丘にもお水をお供えしております。山中にはカエル、アサギマダラ、アブ、シカ、谷の花々。

 行を始めた頃は、無事に一年行じられるか不安がありました。特に厳冬期の寒さと雪の深さには、挫けそうになることもありました。なんとか毎月二回の巡拝を一年続けられたこと(8月は一回だったので9月は三回)は、白山妙理大権現のお導きのおかげであり、西因上人と敬愚比丘のお力添えのおかげであります。そして、これからもできる限り続けなさい、とのお導きでもありましょう。

三、感果・裂網・帰処
 丸一年行じて気付いたことは、自分の弱さ・愚かさです。実際、この一年、日常生活の中で心も身体も不調になることが、少なからずありました。食わず・座らず・撮らず、余計なモノを一切捨ててのこの行を続けてゆく為には、アレもコレもはできないことを思い知らされました。自分もまた、老い、病み、死すべき人間にすぎないことに気付かされました。
 この行によって、自分が何処に導かれているのか、それは、定かではありませんが、苦しみの海を超えた彼岸、涅槃の岸でありましょう。九百年前、白山加賀馬場・笥笠中宮の神宮寺で昼夜不断の念仏三昧を行じられた西因上人の願文に、

「我れ普賢の行を修して無尽の世界に遍くし、諸衆生を引導して無上の菩提を證せん」(藤原敦光「白山上人縁記」)

私も、いつか涅槃の岸に至り、しかも其処に留まることなく、無尽の世界の諸仏を礼拝供養し、生きとし生けるものの苦を抜き楽を与えられるようでありたいものです。
 整備された山道を颯爽と駈け巡るのは、私の性ではありません。そのような行は、私でなくてもいくらでもやり手がありましょう。これからも愚直に、ひっそりとした藪や沢を這いずり回りつつ、白山と諸仏諸尊、白山有縁の一切衆生を拝み続けてまいりたく思います。

潜行密用は愚の如く魯の如し、但だ能く相続するを主中の主と名づく。(「宝鏡三昧」)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝