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岡崎放浪・下

 真福寺の宝物館を出、奥の院に参拝。


奥の院は白山宮。当寺に白山本地仏曼荼羅があるのも、その為でしょう。参拝し、来た道を戻って、正午に下の宝篋印塔があったお堂へ。真福寺の境内と思っておりましたが、どうやら別のお寺のようです。確かめてみると、西居院と書かれてありました。再びお参りすると、お寺の方が「今日はいい天気だね」と話しかけてこられました。笑顔の素敵な和尚さんで、仏頂面だった私もつられて笑顔になりました。宝篋印塔のことをお尋ねすると、上の塔も下の塔も、豪潮律師のものとのことでした。真福寺は天台宗ですが西居院は浄土宗で、元は岩津天満宮にあったとのこと。人に笑顔を与える力をもったこの和尚さんに、何か、自分が忘れかけていた大切なものを、思い起こされた気がしたのでした。
 真福寺から瀧山寺(たきさんじ)を目指し、真福寺川に沿って車道を東へ。瀧山寺に出るには、途中で南側の山道に入っていかねばならぬはずですが、何処だかさっぱり見当つかず。白山権現のお導きにお任せして、紅葉を眺めながら歩き続けました。


13時頃、駒立の果樹園の辺りから山へと突入。道は消え、日の見える方角を目指して薄藪の山中を徘徊。


山の藪を越え谷間の泥を渡りながら進んでゆくと、突如、目の前に岩壁に囲まれた池が現われ、鯉が泳いでいました。


不思議な光景に、思わず白山権現のご宝号をお唱えして掌を合わせました。池から少し登ると鉄塔があり、南側に新東名高速道路を遠望。


巡視路を下ってゆき、14時前にようやく藪から人家のある道に出ました。大沼街道に出、米河内の徳善寺と八幡神社に参拝。


青木川に沿って、紅葉を見つつ下ってゆきました。


 14時半、瀧山寺(天台宗)に到着。


役行者が当地の山中の滝で金色の薬師如来像を得、勅願により瀧山寺を開かれたそうです。


本堂のお薬師さまに参拝し、隣の滝山東照宮へ。


徳川家光が正保2年(1646)に勧請造営した、日光、久能山と並ぶ日本三東照宮です。また、瀧山寺本堂の後ろには日吉山王七社の本殿があり、客人権現(白山権現)を含む山王七社の神仏を拝みました。


日吉山王社本殿は屋根が傷み、仮設のトタン覆屋に囲まれています。現在、修復事業の為の奉賛金を募っているそうです。


 日吉山王社のさらに奥にある、薬師如来御霊水へと参拝。駒立から米河内の山中で転んで擦りむいた左手の傷に、霊水を注ぎました。


その後、宝物殿を拝観。お寺の和尚さまが一つ一つ丁寧に、資料やご自身の見解も交えながら説明してくださいました。此処でも、天台大師の坐像を拝むことができました。画像ではなく、彫像です。瀧山寺も真福寺も、お寺と神社が同じ境内にあり、かつては神仏習合でありました。しかし、明治の神仏分離で寺と神社が分離されて現在に至っているのは、白山中宮長瀧寺と同様であります。只、神仏分離でお寺が徹底的に取り壊されてしまった処も少なくない中、岡崎にあるこの二寺は、お寺と神社が並んだまま残っており、さらに、今日巡拝してきた神社の中には、観音さまがお祀りしてある処がけっこうあったことは印象に残りました。そして何よりも、瀧山寺の和尚さまの寺伝や寺宝を大切に思う心と、西居院の和尚さまの笑顔の力に、感銘を受けたのでした。
 瀧山寺から三門へと下り、三門から西へ一時間歩いて鴨田天満宮に戻り、さらに大門駅まで歩いて帰路につきました。


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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝