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記事一覧

洲原神社より瓢ヶ岳登拝

 12月30日朝7時、白山美濃馬場前宮・洲原神社に参拝しました。養老5年(721)泰澄大師の創建と伝わり、かつては拝殿の後ろの本殿三殿には、白山三所権現の本地仏である十一面観音菩薩・聖観音菩薩・阿弥陀如来が祀られていたことでしょう。柏手を打ち、白山三所権現のご真言とご宝号をお唱えしました。拝殿・本殿と直角方向には斎殿があり、背後には鶴形山の姿。白山美濃馬場中宮・長瀧寺は、白山宮の拝殿・本殿と直角方向に大講堂...

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五箇山白山宮より高坪山登拝

 12月23日朝7時、五箇山の越中白山宮に参拝。合掌造りの村上家住宅の前を通って拝殿にお参りし、拝殿の後ろの本殿へ。この白山宮は泰澄大師が人形山の山頂に白山妙理大権現を勧請したのが始まりで、茅葺きの本殿には鰐口が掛かり、中には白山権現の本地仏・十一面観音菩薩が祀られています。般若心経と十一面観音菩薩ご真言、白山権現ご宝号、泰澄大師ご宝号をお唱えしました。拝殿の後ろに本地仏を祀った本殿のある光景は、先月...

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桑名西別所~蓮花寺放浪

 12月17日午前、尾張立田の富岡神社に参拝しました。戦国時代、織田信長の弟・信興が此処に古木江城を築きましたが、元亀元年(1570)9月、石山本願寺の対信長挙兵と同時に伊勢長島の一向宗門徒も蜂起、弥富服部党などの一揆勢に囲まれた信興は、11月21日に戦死しました。念仏をお唱えし、信興公と一向一揆勢の戦没者に回向しました。蓮田に囲まれた城跡の前を流れる川面に、陽光が煌めいていました。 弥富の妙観堂で法要を修した...

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汾陽寺山・権現山縦走~白山遥拝

 9日朝6時半、武芸川町・寺尾ヶ原より汾陽寺山の鉄塔巡視路へ。寺尾ヶ原を挟んで西の汾陽寺山と東の権現山は、それぞれ毎年登っておりますが、今日は坂の峠経由で縦走してみることにしました。 20分程で鉄塔に着き、北に朝焼けの白山を遥拝。南から拝む白山三所権現は、別山の右奥に御前峰が聳え、中央奥に大汝峰が頭を覗かせています。大汝峰の彼方、白山加賀禅定道・笥笠中宮の西因上人は、「三所権現は阿弥陀・聖観音・十一面...

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笥笠中宮より中宮山登拝

 12月2日朝6時半、白山加賀禅定道の笥笠(けがさ)中宮に参拝。天暦11年(957)創建と伝わるそうですが、「元亨釈書」には、神融法師(泰澄大師)の弟子の蔵縁が晩年(8世紀後半か?)に笥笠に庵を結んだ、と記されています。蔵縁行者は体が短小で姿は醜く、歩くのがとても速く、常にお地蔵さまの宝号を唱えていたとのこと。現在は社殿があるのみですが、「白山之記」によれば本地は如意輪観音菩薩、神殿・拝殿等の他、講堂には大日如来が...

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繖山~猪子山~伊庭~五個荘巡拝

 27日朝9時、安土の近江風土記の丘を出発し、南へ進んでゆくと、左手に桑実寺へと上る石段が現われました。紅葉を見ながら登ってゆき、本堂の薬師如来に参拝。ご開山は藤原鎌足の子・定恵和尚です。本堂からさらに登った処に、大師堂がありました。天正4年(1576)、織田信長が天台智者大師と伝教大師(最澄上人)の像を祀った処だそうです。この年は信長が安土城の築城を始めた年であります。元亀2年(1571)、信長は比叡山を焼き討ち...

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御嵩巡礼(浄蔵法師忌)

 11月21日は、浄蔵法師のご命日です。浄蔵法師は康保元年(964)11月21日、京都東山の雲居寺にて西面して坐し、正念乱れず遷化されました。法師を偲び、21日早朝、岐阜県御嵩町の長岡観音堂に参拝しました。お堂の紅葉は、上の方だけ色づいていました。此処は延喜20年(920)、浄蔵法師が伝教大師(最澄上人)の東国布教(弘仁6年(815)または弘仁8年(817))の跡を尋ねて東山道を下った際、御嵩の願興寺で霊夢を見、長岡の地の桂の大木を切...

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越前大日山~加賀大日山縦走

 11月16日朝6時半、勝山市横倉の白山神社に参拝。神社からさらに奥へ林道を車で上がってゆくと、越前大日山(越前甲山)登山口に着きました。谷沿いのぬかるんだ山道を、7時前に出発。登ってゆくと背後から朝日が差し、上には越前大日山が見上げられました。20分程で大日峠に出、南東に経ヶ岳・赤兎山・大長山を遥拝。ぬかるむ急斜面の尾根からは行く手に越前大日山、北西に加賀大日山が望め、やがて東には白山三所権現がお姿を現わ...

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豊原寺~浄法寺山~丈競山登拝

 11月4日早朝、越前丸岡の白山豊原寺に参拝。天保の飢饉で亡くなった人々の供養のため造られたというお地蔵さまに掌を合わせ、谷沿いの古の参道を歩いてゆくと、石段のうえに石灯籠が現われました。灯籠には「奉寄進燈籠薬師如来寶前」と記されています。此処はかつての豊原寺講堂の入口で、講堂のご本尊は薬師如来でした。白山豊原寺は大宝2年(702)、泰澄大師開山と伝えられ、中世には延暦寺末寺となり、平泉寺と共に越前白山信...

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大白川より白山登拝

 天慶2年(939)、比叡山の浄蔵法師が白山で夏安居をした時に古老から聞いた話では、慶雲年中(704~708)に苦行人が白山を開き、法華経の功力で毒龍悪鬼を大きな池にとじ込めた、人が近づけば天地震吼し辺りは真っ暗になる、と「大法師浄蔵伝」にあります。傍注には苦行人の名は「神融」、池の名は「御厨(みくりや)」とあります。神融法師は「大日本国法華経験記」では越後の人とされていますが、「泰澄和尚伝記」では泰澄大師と同一...

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白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝