虎皮の英雄1 織田信長
- 2021/12/28
- 15:39

(岐阜城下の信長公像、2021.12.26)
天正九年(1581)二月二十八日、四十八歳の織田信長は、京都の御所の東に築かせた馬場で盛大な馬揃え、即ち軍事パレードを行い、天覧に供しました。このとき信長が着けていた行縢(むかばき、腰に付けて前に垂らし、腿から下を覆う毛皮)は、金地に虎の斑を刺繍したもので、鞍の上敷、障泥(あおり)、手綱、腹帯、尾袋も同様のデザインでした(太田牛一「信長公記」)。同年一月八日に安土で催した左...
曹操「対酒」
- 2021/03/06
- 10:09

2021年3月6日は、旧暦1月23日。千八百一年前(220)に、魏の曹操が洛陽で亡くなった日です。「三国志」の英傑として知られる曹操は、詩人でもありました。その詩を読めば、彼が儒家・墨家・道家・法家・兵家等の思想にも通じていたことが見てとれます。一面では情け容赦なく、一面では情に厚く器のデカい男、曹操。乱世のさ中、彼は酒を片手に、理想とする太平の世を詠っています。 対酒酒に対(む)かいて歌わん 太平の時吏は門を...
マダニフィストの再来~無為・自然1
- 2020/10/01
- 21:12

俺の名はマダニフィスト、ある野郎の心に寄生している魔ダニだ。奴はコロナで遠出できなかった四月と五月、老子爺さんの道徳経五千言を訳してすごしていた。老子爺さんや荘子オジさんの教えといやぁ、「無為自然」と知ったかぶりした奴らは宣(のたま)う。だがなぁ、老子道徳経五千言の中には「無為」や「自然」という語はあっても、「無為自然」なんて言葉はどっこにもありゃしねぇ。「荘子」にもそんな言葉はねぇし、老子爺さん...
パンデミック訳「老子」22 戦争×知足
- 2020/05/21
- 21:57

老子爺さんこう述べた。「道をもって主君を補佐する者は、武力で天下をほしいままにしようとはしない、そのようなことをすればお返しがあるものだ。軍隊の駐屯した所には、荊棘(いばら)が生えるもの、よく補佐する者は目的を果たすと矛を収め、強がらない。目的を果たして驕(おご)らず、目的を果たして誇らず、目的を果たして高ぶらず、目的を果たしてやむなしとする、これを目的を果たして強がらないという。物事は盛んならば衰...
身近な自然~自粛する勇気
- 2020/03/22
- 17:27

大自然と対話をするのに、必ずしも遠くまで行く必要はありません。「其の出づること弥いよ遠くして、其の知ること弥いよ少なし。」(「老子」第四十七章)新型肺炎の長引びく流行は、身近な自然を見直すよい機会でもあります。 3月22日、私のねぐらから長良川に降り、河畔を散策。処々に咲く菜の花。対岸から響くウグイスの題目。高賀山を遥拝しつつ、長良川上流・毘沙門岳の中腹から流れてきたと伝わる毘沙門天王のお堂に参拝し...
武漢加油・曹操忌日
- 2020/02/16
- 09:37

昨年(2019年)末から中国・武漢を中心に感染が広がっている新型肺炎の影響は、人間の身体面のみならず、様々な面にも目につくようになりました。中国人観光客が来れないことによる、閑散とした日本の観光地。ドラッグストアやコンビニは、どこもマスクが品切れ状態。武漢をはじめ、各地で移動を制限されて困苦の中にある方々の心情は、察するに余りあります。武漢市の漢口(かつての夏口)は三国時代、魏の曹操に追撃され窮地を脱し...
太宰府放浪2
- 2019/12/22
- 08:42

(承前) 観世音寺から西へ歩を進め、戒壇院にて梵網菩薩戒経偈をお唱えして大宰府政庁跡へ。真北に四王寺山(大野城)。そして真南に基山(基肄城(きいじょう))。展示館に入ると、巨大なカメムシが目につきました。展示物ではありません。キマダラカメムシです。東南アジア・台湾・中国から江戸時代に長崎に渡来し、二十世紀後半に九州北部に分布を広げ、二十一世紀に入ると本州に進出、私も今年、岐阜県で初めて出会いました。(岐阜...
マダニフィストの冬眠
- 2019/12/02
- 13:31

山は雪だ そろそろ冬籠りお前の心の 何処かでな生け捕りしようと しても無駄だぜ探し回っても 発見不可能仙人左慈は 魏の曹操に命狙われ 捕まったしかし牢屋の 内にも外にも左慈左慈左慈で 左慈だらけ行方くらました 左慈探し曹操怒って 指名手配左慈は片目で 青衣に頭巾すると町ぢゅうが 皆その格好お前が俺を 捜索しても俺はお前の 内外で無数の爛(ただ)れた スモモに化けてあっちで弾け こっちで弾けポンポン弾...
出雲巡礼/神原~峯寺~木次~天が淵1
- 2019/11/14
- 14:56

11月7日、四ヶ月ぶりに出雲へ。旧暦十月は神無月(かんなづき)、日本全国の神々が出雲に集まる月で、出雲では「神在月(かみありつき)」です。朝8時前に加茂中駅で下車し、赤川を渡りました。川沿いに下流へ歩を進め、宇能遅神社に参拝。「出雲国風土記」大原郡の条に「宇乃遅の社」とあります。祭神は大己貴命(大国主神)・須美禰神・須佐能袁命(スサノヲノミコト)。さらに川沿いに足を進めると、現われた銅鏡のレリーフ。中国・魏...